団塊世代が医療サービス不足に直面-外国人従事者は母国回帰

外国で看護師として働くことを夢見 ていたフィリピン人女性ステファニー・チャンさんは、マニラ・ドクタ ーズ・カレッジで4年間学んだものの、結局国内にとどまって別の職業 を選択、全く畑違いの現在の仕事で外国勤務とほぼ同じ収入を得てい る。

外国で高収入を得るチャンスを広げるため医療関係の職業を目指し て勉強するフィリピン人は毎年数千人に上る。チャンさん(23)もこう した1人だったが、このところ国内残留組が増えており、チャンさんは マニラのコールセンターでマッコーリー・バンクのクレジットカード保 有者に支払いを促す仕事に就いている。月給は約2万5000ペソ(約4 万7000円)だ。

「こうした機会が与えられたことを感謝している」と話すチャンさ んは、両親と一緒に暮らしながら、事業業務委託企業で深夜のシフトに 入っている。「顧客サービス担当者として働き、比較的高い生活水準の 暮らしを維持できるなら、出稼ぎ看護婦として海外へ出る必要はないで しょうね」と語った。

世界で6兆5000億ドル(約505兆円)規模の医療コストを押し下げ るため、フィリピン人看護師やインド人医師に頼る先進諸国は、優秀な 人材獲得で厳しい競争に見舞われている。ましてや米国や欧州、日本 は、団塊世代(ベビーブーマー)が医療サービスを受ける中核年齢に差 し掛かっている状況だ。最近になって若干減速の兆しが見られるもの の、新興諸国では経済成長が病院への投資を促し、他の産業での雇用創 出を後押ししている。これは国内にとどまることを選択する医療従事者 が増えることを意味する。

不均衡是正

経済成長と投資拡大は、新興諸国の深刻な医療従事者不足を招いた 不均衡の是正に役立つだろう。経済協力開発機構(OECD)による と、2009年時点で日本の人口1000人当たりの医師数は2.2人、看護師数 は9.5人だった。米国ではぞれぞれ2.4人、10.8人。一方、インドネシア ではこの割合が0.2人、1.4人。インドは0.7人、0.9人だった。

フィリピンのアキノ大統領は、97億ドル(約7500億円)規模のイン フラ投資の一環として、13年に医療関連施設2700件余りの建設・改修を 計画している。2250億ドル規模の同国経済は1-6月(上期)に6.1% 成長した。

オーストラリアン・ナショナル大学(キャンベラ)のリサーチャ ー、カマリニ・ロクゲ氏は、「全体の供給を増やす政策を取らない限 り、どこかで増えたらどこかは減る」と指摘。「このためあらゆる場所 で不足が生じている」と語った。同氏は途上国の医療改善に関して世界 保健機構(WHO)などに助言している。

国際援助団体のセーブ・ザ・チルドレンは5月、全世界では医療従 事者が300万人余り不足していると指摘した。この数字には地域の看護 師と医師の少なくとも100万人が含まれている。

WHOが06年に公表した世界保健報告書によると、NZでは医師 の34%、看護師の21%が外国人で、その割合は先進国で最も高い。米国 では医師の27%、看護師の5%が外国人だった。ペルシャ湾岸諸国では 海外で養成された医療従事者が全体の過半数を占める。

フィリピンとインド

フィリピンとインドが医療従事者の主要供給国だ。OECD34加盟 国のうち、両国籍の者が出稼ぎ看護師および出稼ぎ医師全体のそれぞ れ15%を占めた。

WHOのパートナーシップ機関として06年に設立された世界医療人 材連盟(GHWA)によれば、人手不足は57カ国で危機的水準に達して いる。このうち36カ国はアフリカのサハラ以南に位置する国々。これら の国の疾病負担は世界全体の4分の1を占めるが、医療従事者は世界の 3%にすぎない。

2900%増

先進諸国では医療従事者の賃金が上昇する公算が大きく、出稼ぎ労 働者にとって収入を大幅に増やすチャンスだ。

インドネシア人のワヒューディンさん(30)の場合、東ジャワの医 療施設から日本に来て2900%増加した。急速に高齢化が進む日本で介護 士の職を得るため、ワヒューディンさんは3年間にわたって日本語の読 み書きを昼夜を問わず勉強し、難関の国家試験での合格を目指した。

ワヒューディンさんは給料の大半をスマトラ島ランプーンの山村に 暮らす両親に仕送りしている。彼の教育費を捻出するために水田を手放 した両親は、この金でコーヒー農園を買い、2階建ての家を建てた。妹 の学費もこれで賄っている。

「最初に給料をもらった時は涙が出た」。そう話すワヒューディン さんの月給は18万5000円。地元の看護師の月給の2年半余りに相当す る。彼は健祥会グループ(徳島県)で働くインドネシアとフィリピン出 身の看護師80人のうちの1人だ。

3人に1人

高齢化が進む日本の病院や介護施設では介護士不足が深刻化しつつ ある。政府統計によると、25年までに国内人口の約3人に1人は65歳を 超える。09年時点では4.4人に1人の割合だった。

亀田メディカルセンター(千葉県)の亀田隆明理事長は、「ありと あらゆる手段でやっていかないと、首都圏の超高齢化社会に対応するの は無理だと思っている」と言明。「今の団塊世代が10年くらいたったと き、特に首都圏中心にものすごく医療需要が大きくなる。それを補うた めに海外の看護師、介護士は絶対必要になる」と語った。

シンガポールの公立クー・テック・プアト病院の正看護師として働 くため、1月に同国に渡ったフィリピン人のエンジェル・クラウディオ さん(25)にとって、職業機会が増え、高収入の仕事が増える母国は魅 力的に映る。

クラウディオさんは休憩中にカフェテリアで、「景気がさらに良く なって給料が上がれば、海外で働くフィリピン人は減ると思う。誰が家 族と遠く離れることを望むでしょうか」と打ち明けた。

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