輝き失うキャリートレード、世界的金融緩和による景気浮揚効果に疑問

低金利通貨を借り入れて高金利通貨 に投資する「キャリートレード」の運用成績が精彩を欠いている。世界 経済が足元で再び減速感を強めていることが背景にあり、主要国の中央 銀行の金融緩和策がもたらす景気浮揚効果への疑問も生じている。

低金利のドルや円などを調達通貨とし、高金利の24カ国・地域の通 貨をを投資先とするキャリートレードの総合的な成果を示すUBSの V24キャリー指数は、先月9日に付けた約4カ月ぶりの高水準か ら2.8%低下している。先進10カ国の通貨で構成するブルームバーグ相 関・加重通貨指数によると、過去1カ月間のパフォーマンスが最も悪か った通貨はオーストラリア・ドル。資源国として好景気の恩恵を受けや すく、金利水準の高さから、キャリートレードの対象通貨として人気を 集めたかつての輝きは薄れている。

2010年8月に米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長が 量的緩和第2弾(QE2)の可能性を示唆した際、キャリートレードは その後1カ月間に3.1%のリターンを上げた。バーナンキ議長は先月 末、QE3を含め追加緩和に動く可能性を示唆したが、キャリートレー ドのパフォーマンスは改善していない。

世界的な金融緩和にもかかわらず、リーマンショックから4年目を 迎える世界経済は依然、低迷を脱していない。大和住銀投信投資顧問の 石出好貞ファンドマネジャーは、「第3四半期のグローバルなスローダ ウンは、ある意味確定的になってきた」とし、「急速にセンチメントが グローバルに回復して、実体経済が上向くということについては、なか なか楽観的になれない」と話す。

「過剰な脂肪」

エール大学のスティーブン・ローチ教授やパシフィック・インベス トメント・マネジメント(PIMCO)のビル・グロース氏は、中銀に よる紙幣増刷の景気浮揚効果を疑問視している。

モルガン・スタンレー・アジアの会長だったローチ氏は6日のブル ームバーグ・テレビジョンのインタビューで、「FRBが非伝統的な金 融政策に動いて以来、私はずっと米国経済に対して否定的だ」と発言。 PIMCOで世界最大の債券ファンドを運用するグロース氏は、5日に ウェブサイトに掲載した月次投資見通しで、「信用に基づく米金融シス テムには、過剰な脂肪と低過ぎる金利による負担がかかっている」と指 摘した。

中国などの景気減速による商品需要の減退を背景に、豪ドルの相 関・加重通貨指数は過去1カ月で3.6%下落した。ドルを調達通貨と し、豪ドル、南アフリカランド、ブラジルレアル、メキシコペソに投資 するキャリートレードの昨年8月以降のリターンはマイナス9%。米国 の歴史的な低金利を生かし、資源国や新興国の経済成長を享受するド ル・キャリートレードは、2009年3月から昨年7月までの期間に80%近 いリターンを上げていた。

世界的な金融緩和

リーマンショック以降、各国の金融当局は政策金利を過去最低に引 き下げたほか、国債などを買い取って市場へ大量の資金を供給してき た。FRBは、08年から11年までに2度の量的緩和策で計2兆3000億ド ルの債券を購入。イングランド銀行(英中央銀行)は09年3月にリセッ ション(景気後退)対策として750億ポンド相当の資産買い取りを発表 し、同年6月には欧州中央銀行(ECB)が初の1年物資金供給を実施 した。ECBはその後3年物の資金供給を開始。英中銀は今年7月に資 産購入枠を3750億ポンドまで拡大した。

一方、日本銀行は10年10月に長期国債や社債などの金融資産を買い 入れる基金の創設を含む「包括的な金融緩和」に踏み切り、導入当初5 兆円だった資産買い入れ枠を断続的に45兆円まで拡大している。

国際決済銀行(BIS)は6月に公表した年次報告書で、先進国で は政府による財政強化への取り組みが不十分な中で、中央銀行が景気回 復を後押しする能力は限られていると指摘した。中銀の行動は米証券リ ーマン・ブラザーズ・ホールディングス破綻による悪影響を抑制する鍵 となったが、金利は今や「行き着く限りの低水準」にあり、債券購入が 中銀のバランスシートを膨らませていると説明。「伝統的および非伝統 的な金融緩和策は共に一時しのぎに過ぎず、限界がある」と分析した。

QE3の可能性

米連邦公開市場委員会(FOMC)はフェデラルファンド(FF) 金利誘導目標を0%から0.25%のレンジとし、少なくとも14年遅くまで 異例な低水準が正当化される可能性が高いと想定。ECBの政策金利 は0.75%で、英中銀は0.5%、日銀は0-0.1%となっている。

米労働省が7日発表した8月の雇用統計では、非農業部門の雇用者 数が前月比9万6000人増と、ブルームバーグ・ニュースがまとめたエコ ノミストの予想中央値の13万人増を下回った。これを受け、市場ではバ ーナンキFRB議長が早ければ今週のFOMCで3度目の量的緩和の実 施を示唆するとの観測が高まっている。

もっとも、ウエストパック銀行のチーフ為替ストラテジスト、ロバ ート・レニー氏(シドニー在勤)は、「量的緩和プログラムの成功から 得られるリターンが減りつつあることが明確になってきている」と指 摘。「それはQE1対QE2対オペレーション・ツイストの比較で明ら かだ」と話す。

欧州債務危機

FRBの金融緩和はドルの減価をもたらしてきたが、今度はそうな らない可能性もある。主要6通貨に対するドル・インデックスは、量的 緩和時の08年11月から11年6月までに13%下落。しかし、同指数は先 月2.4%低下したものの、7月に付けた2年ぶり高水準からは4.5%安に とどまる。欧州債務危機の長期化や世界経済の変調で、市場のリスクセ ンチメントが改善しきれないことが、ドルの底堅さにつながっている。

ECBのドラギ総裁は欧州債務危機の拡大を防ぐため、6日に無制 限の債券購入計画を発表した。同総裁によると、債券購入後は不胎化措 置を実施し、通貨供給量への影響を完全になくすという。

MSCIワールド・インデックスは先週2.6%上昇し、5カ月ぶり の高値を記録。ドルは週ベースで主要16通貨全てに対して下落し、ユー ロは対ドルで5月以来の高値に上昇した。豪ドルも0.6%高と週間ベー スで4週間ぶりの上昇となった。

欧州債務危機への対応が進展するとの期待を背景に、投資家のリス ク志向が改善。ただ、ECBの債券購入は時間稼ぎのための対症療法に 過ぎず、世界景気のけん引役を担ってきた中国経済の減速も鮮明となる 中、リスクセンチメントの改善は一時的なものとなる可能性が高い。

中国経済の減速

HSBCホールディングスとマークイット・エコノミクスが3日発 表した8月の中国製造業購買担当者指数(PMI)改定値は09年3月以 来の急速な縮小ペースを示した。中国の4-6月の国内総生産 (GDP)は前年同期比7.6%増と6期連続で鈍化し、世界金融危機以 降で最も低い伸びとなった。

ブラウン・ブラザーズ・ハリマン外国為替部の村田雅志通貨ストラ テジストは、中国はリーマンショック後に打ち出した4兆元の景気対策 に伴う過剰設備を抱えている上、金融緩和によって消費が増えるパスも できていないと指摘。中国経済は「厳しい」とし、「少なくとも年内は 世界景気は非常にグルーミーだ」と話す。

世界経済の先行き不透明感が強まる中、為替市場の変動率はリーマ ンショック前の水準まで低下している。主要7カ国通貨のインプライ ド・ボラティリティ(予想変動率)を示すJPモルガンチェースのG7 ボラティリティ指数は08年10月に過去最高の26.55%まで急騰したが、 先週末には8.03%と07年10月以来の低水準を付けた。

相場の安定はキャリートレードにとって重要な要素の1つ。相場が 大きく変動すれば、為替差損を被る可能性があるためで、ボラティリテ ィの低下は通常、キャリートレードにとって追い風となる。もっとも、 村田氏は、足元のボラティリティ低下は「単純に取引を手控えてしまっ ているだけで、むしろ次の嵐に備えてみんな身を潜めている」と指摘。 「キャリートレードの条件がそろったとは思わない」と語る。

次の嵐

共和党の大統領候補のロムニー氏は7日のアイオワでの遊説で、8 月の雇用統計は大統領選で有権者に与えられる「明確な選択肢」を浮き 彫りにしていると述べた。同氏はまた、FRBが一段の措置を講じるこ とが大きな効果を生むとは思えないと発言。FRBの直近の金融緩和 は、「われわれが期待していたほどの効果がなかった」と断じ、オバマ 大統領は自身の政策では実現できなかった景気回復の促進をFRBに頼 っているとの見方を示唆した。

ソシエテ・ジェネラルの為替調査責任者、キット・ジャックス氏 (ロンドン在勤)は5日のブルームバーグ・ラジオのインタビューで、 「FRBは効果のある弾薬を使い果たしつつある」と指摘。FRBがさ らに資産を購入しても「雇用創造ペースを大して加速させることにはな らない」と語った。

米議会予算局(CBO)が先月22日に公表した予算・経済見通しに 関する半期報告によると、連邦予算をめぐるこう着状態を議会が打開で きなければ、米経済は来年恐らくリセッション入りするという。来年予 定されている税負担の増加と歳出削減により、米国のGDPは来 年0.5%減少、失業率は約9%まで上昇すると分析している。

一方、ECBは7日公表した経済予測で、ユーロ圏の12年成長率を マイナス0.4%と従来予想のマイナス0.1%から引き下げた。国内の歳出 削減とユーロ圏の債務危機悪化で二番底に陥っている英国経済は、4- 6月に一段と悪化。10年以上もデフレからの脱却に苦しむ日本は4-6 月まで4期連続のプラス成長を確保したが、欧米経済の停滞や中国経済 の変調により、7-9月期はマイナス成長に落ち込む可能性がある。

PIMCOのグロス氏は5日の投資見通しで、銀行の自己資本規制 や個人投資家が損失を恐れていることなどの構造的な障害を背景に、金 融当局が政策効果を期待したゼロ金利は景気回復の端緒とならなかった と分析。銀行セクターに「際限なく」流動性を供給したにもかかわらず 貸し付けの刺激とならなかったことについて、「各国中銀は信じ難い思 いにとらわれている」と指摘した。

--取材協力:John Detrixhe、Susanne Walker. Editors: 青木 勝, 山中英典, 崎浜秀磨

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