独首相も無視できない一言居士エコノミスト-世界の50人

フランクフルトで6月15日に開かれ た会議で、お決まりのグレーのスーツを身にまとったIfo経済研究所 のハンスウェルナー・ジン所長は、自身の経済理論を出席者が次々と批 判するのを腕組みしながら無表情で聞いていた。会場で発言したシティ グループのチーフエコノミスト、ウィレム・ブイター氏は、ジン氏の理 論は「ナンセンス」とまで言い切った。

その直後にマイクを渡されたジン氏(64)は、ブイター氏らが「平 常心を失っている」ことは残念だと述べ、あらためて自分の主張を展開 した。ドイツはギリシャの放漫財政に想定以上の資金を投じており、ギ リシャはもっと前にユーロを離脱すべきだった、という見解だ。最も影 響力のある50人を特集したブルームバーグ・マーケッツ誌10月号が伝え た。

ユーロ圏債務危機が2010年に始まって以来、ジン氏は国民的議論で ずっと中心的存在だ。講演やテレビのインタビュー、議会証言でジン氏 はドイツの税金投入に批判的な立場を示してきた。7月にはドイツの憲 法裁判所での証言で、ユーロ圏救済基金である欧州安定化メカニズム (ESM)などを通じて救済を図ろうとするメルケル首相の取り組み は、ユーロ圏の立て直しをさらに困難にするだろうと語っていた。

Ifo経済研究所のドレスデン支部となっているしゃれた邸宅でイ ンタビューに応じたジン氏は、「財政はすでに過剰なまでに膨張してお り、その緩和策として多額の資金を別途見つけようとする動きがある」 と指摘、「これは破滅的状況への道だ」と警告した。

煙たい存在

ミュンヘン大学で教鞭を執るジン氏は数十年もの間、ドイツの歴代 政府にとって煙たい存在だ。「ジン氏は国内のどの民間エコノミストよ りもはるかに影響力がある」と、欧州国際政治経済研究所 (ECIPE)のフレドリク・エリクソン所長は語る。「一般ドイツ人 の間ではユーロ圏の構造的欠陥に関する不安が債務危機で増幅してお り、ジン氏の見解はこうした人たちの考えを代弁している」。

ドイツ政府の諸政策に対するジン氏の批判は広範囲に及ぶ。2000年 代初めには、同国の社会保障制度は失業を生み出しているだけだと発 言。最近では、原発閉鎖を決めたグリーンエネルギー政策に苦言を呈し ている。

ジン氏の元教え子で、ドイツ財務省諮問委員会のメンバーを務める オックスフォード大学のエコノミスト、クレメンス・フュースト氏は 「ジン氏はこうと決めた上で、それを過激にしかも公けの場で主張す る」とし、選択肢を示して議論を展開する人物ではないと語る。

ターゲット2

独経済誌ウィルトシャフツウォッヘ(WiWo)の11年12月の世論 調査で、ジン氏は国内で最も影響力のあるエコノミストに選ばれた。こ れは、メルケル首相ら政策当局者はジン氏の発言に留意せざるを得ない ということだ。ジン氏は政府のお目付役として自らの役割を楽しんでい る。「10年前、私は左派の敵だった。今は他の勢力も私を好まない。こ れはわれわれの運命だ」と開き直る。

最近、ジン氏が力を入れているのは、自著でも取り上げたユーロ圏 の資金管理システムの不均衡への批判だ。憤りの矛先は「ターゲット 2」と呼ばれるユーロ圏の電子決済システム。これはユーロ圏でばらば らの各国銀行制度を繋ぎ合わせることを目的としている。

ターゲット2では国境を越えて銀行から銀行に各国中銀経由で資金 が移動する。ギリシャの企業幹部がドイツからベンツ車を注文した時が その例だ。各国中銀口座には資金フローが黒字あるいは赤字と記入され る。

ギリシャやスペインといった国は危機に伴い、国内銀行が欧州中央 銀行(ECB)の資金を利用したこともあり、ターゲット2の赤字が前 例のない水準に膨らんだ。一方、中核国では黒字が累積。ドイツは7月 末時点で7300億ユーロ(約73兆円)の黒字だ。

事実上の救済

ジン氏は、ターゲット2の収支は、ドイツをはじめユーロ圏中核国 から南欧諸国に事実上の融資が提供され、どの国の議会でも承認されて いない水面下の救済が行われていることを示すものだと主張する。

一方、ECBとドイツ連邦銀行の当局者は、ターゲット2ではドイ ツなど黒字国はユーロ圏が崩壊した時だけリスクがあり、その場合も損 失はユーロ圏全体で対応を図ることになると説明する。

ドイツがユーロ圏諸国にだまされつつあるとのジン氏の主張は大衆 迎合だと、欧州改革センター(CER)のチーフエコノミスト、サイモ ン・ティルフォード氏は批判する。「ジン氏のようなエコノミストは、 ユーロ圏と合意可能な事項についてドイツ政府が窮屈に感じる状況に加 担している」と分析している。

めげずにジン氏は新境地を開拓しつつある。7月には、欧州の銀行 規制統合強化を支持するメルケル首相の姿勢を約200人の研究者が批判 した書簡を共同執筆した。同氏は「耳を傾けてもらえる」と語ってい る。

与党キリスト教民主同盟(CDU)所属のクラウスペーター・ウィ ルシュ議員は、ターゲット2に関するジン氏の主張を「ミュンヘンの変 わり者の意見として無視することはもはやできない」とし、「彼の立場 は重大な議論の一部を形成している」とみている。

原題:Dump-Greece Economist Sinn Rattles Merkel Laboring to Save Euro(抜粋)

--取材協力:Rainer Buergin.

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