【コラム】日本の鯨が市場に突き付けるリスク-W・ペセック

日本が安全な逃避先というのは、ず いぶん奇妙な話だ。先進国の中で最大規模の公的債務を積み上げ、高齢 化と人口減少が進んでいる。デフレに見舞われている上に資源はほとん どない。さらに常時巨大地震のリスクにさらされている国だ。

しかし、2008年の金融危機以来、投資家が日本への資金逃避に飽き る様子はない。欧州がリセッション(景気後退)に陥り米経済もふらつ く中で、円資産への需要は爆発的に増えた。円相場の上昇に歯止めをか けたい安住淳財務相と白川方明日本銀行総裁にとっては頭痛の種だ。円 はリーマン・ブラザーズ・ホールディングスの破たん後に33%上昇して いる。

しかしどんなにやきもきしても、日本当局にできることはほとんど ない。ドルとユーロの魅力は一段と低下しており、円は大人気だ。円上 昇は日本政府や日銀がコントロールできるものではない。しかし、世界 最大の年金基金のおかげで、円高傾向が反転する可能性がある。この反 転は日本にとって必ずしも好ましい形のものではないかもしれない。

日本の高齢化は、同国の年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF)に国内債券の保有減を迫っている。これは債券市場にとっ て重大ニュースだ。113兆円を超えるGPIFの運用資産は中国の米国 債保有高を上回り、ほとんどの政府系ファンド(SWF)の運用資産よ りも多い。この債券市場の鯨に比べれば、米パシフィック・インベスト メント・マネジメント(PIMCO )のビル・グロース氏が運用する トータル・リターン・ファンド(運用資産2630億ドル=約20兆5500億 円))も小さな魚に見えてくる。

円安要因

GPIFの動きは3つの点で円安の先触れかもしれない。第1に、 日本の高齢化進展に伴い大規模な年金基金は海外の高利回り資産投資を 増やさざるを得なくなる。第2に、大規模な円債売りを吸収するために 日銀は金融システムに追加流動性を供給することを迫られる。これは事 実上、新たな量的緩和になる。第3に、日本国債の入札で、巨額の資金 を持つ投資家の応札額が減ることになる。これら全ては日本の内外で大 量の債券を保有する他の投資家に、円債売りを検討させる公算が大き い。今売った方が、1年後よりも大きな利益を確定できるかもしれない からだ。

日本国債の弱気派が長年警告してきた運命の日がいよいよ訪れるの だろうか。世界最大の債券バブルと呼んでほぼ間違いないものが、はじ けようとしているのだろうか。これは検討するに値する問題だ。日本国 民の巨額の貯蓄には行き場が必要だし、たとえ金利が極めて低くても、 国債にはそれなりに多くの買い手がいるだろう。しかし、現在0.77%と 9年ぶり低水準にある日本の10年国債利回りも、いつかは上昇すると思 われる。

その場合まず起こるのは、外国為替市場の高ボラティリティ(変動 性)の再燃だ。安定した合理的な金融の世界ならば、日本国債利回り上 昇は円の魅力を高める。投資家が高リターンを追求するからだ。しかし 一方で、日本の債券市場に対する懸念が円の逃避先としての地位を損な うかもしれない。そうすればヘッジファンドやポートフォリオマネジャ ー、銀行、個人投資家は別の逃避先を探すことを迫られる。

円の暴落

問題はそれがどこかということだ。恐らくドルでもユーロでもない だろう。オーストラリア・ドルやカナダ・ドルなどの資源国通貨も1つ の選択肢だ。ただ、これら資源輸出国の中国への依存と同国経済の減速 が懸念材料だ。金はどうか。1オンス=1600ドルという水準ではこれも 危険かもしれない。

リスクは突然の円下落が制御不可能な暴落につながることだ。確か に、幾分の円安なら日本は歓迎するだろう。日本企業の経営者らは円高 是正の措置を求めている。トヨタ自動車やシャープの業績動向を見れ ば、産業空洞化の姿が明確に見えてくる。

現実には、産業空洞化は日本経済のバブルがはじけた後、1990年代 半ば以降ずっと続いている現象だ。高い賃金と過剰生産能力、水膨れし た企業組織が痛みを伴うダウンサイジングにつながっていった。工場は 閉鎖されて雇用は海外に流出、戦後の日本の復興を支えた終身雇用制度 が崩れ、デフレが深まった。大規模製造業など斜陽産業に依存する大阪 や静岡などの都市は勢いを失った。ホームレスが増え、金利はゼロにな った。

10年後

次の段階はほぼ10年後に訪れた。日本の銀行経営陣はやっと、10年 以上も金融システムの機能を妨げてきた不良債権の処理に腰を上げた。 エコノミストは当時の小泉純一郎首相と金融問題で首相の師匠だった竹 中平蔵氏が処理を進展させたと称えたが、本当の理由は中国経済の台頭 だったかもしれない。

第3段階は2008年以降の円の急騰期だ。これは欧州のメルトダウン に伴って加速し、日本経済の活力の源である輸出産業が揺らいだ。韓国 や中国からの競争を受けて、輸出業者は利益が減少すると同時に市場シ ェアが縮小。さらに、11年3月の巨大地震後の混乱が製造業の拠点かつ 世界のサプライチェーンの信頼できる要としての日本の地位を一段と低 下させた。円高に対する思い切った措置を求める声は日に日に高まって いる。

同時に、日本の成長とソブリン格付けをリスクにさらしていると皆 が考えている円高をなぜ日本が容認しているかについて諸説が登場し た。中でも最も興味深いのは世代間の問題だという説だ。円高は有権者 として最大グループを構成する高齢者に主に利益をもたらす。円高はデ フレを助長し、退職者の貯蓄を長持ちさせる。政治家は円安によって重 要な選挙民の支持を失うのが嫌なのかもしれない。

M&A

もう1つは、政府が日本企業によるM&A(合併・買収)を促すこ とで非効率の解消と競争力強化、新市場獲得を狙っているという説 だ。111年の歴史を持つ広告会社、電通が英同業のイージス ・グループ の買収を決めた件はこの説を裏付けるものだ。

しかし真実はと言えば、日本当局は円高に歯止めをかける方法がな いのだ。為替市場への介入は成功しないし、世界の市場を円であふれさ せることも効果がないだろう。未知数のカードは、大規模投資家による 円債売りが日本国債の利回りと世界市場にどう影響するかだ。これによ って世界に残された数少ない逃避先が消滅するかもしれない。既に不安 定な市場にさらなる混沌をもたらす可能性もある。 (ウィリアム・ペセック)

(ペセック 氏はブルームバーグ・ビューのコラムニストです。コ ラムの内容は同氏自身の見解です)

原題Japan’s $1.45 Trillion Whale May Crush Yen Bulls: William Pesek(抜粋)

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