アサド政権の崩壊が近づくシリア、欧米制裁で経済は壊滅状態

新大統領を迎えた市内では数十年ぶ りに生命の息吹が感じられた。知識人らは私設政治サロンに自由に集ま り、民主化の要求や一党独裁の終えんなど、以前は小声でささやくのが 精いっぱいだった話題について堂々と活発に議論した。

若い大統領とその妻であるエレガントなシリア系英国人のアスマさ んは、食料品店に突然現れたり、流行のレストランに夕食に訪れたりし て、国民を喜ばせた。かつてソ連の属国だった陰気な雰囲気を持ったこ の国で、大統領夫妻の若さは、改革が可能だと信じたい人々に期待を抱 かせた。ブルームバーグ・マーケッツ誌9月号が伝えた。

これは12年前、アサド大統領が就任してから数カ月間のシリアの首 都ダマスカスの光景だった。この期間はダマスカスの春として知られて おり、経済自由化の期待が膨らんでいた。

しかし2001年9月には、アサド大統領は反体制派の弾圧に踏み切 り、民主化運動の活動家を投獄。当時、世界は米国の同時多発テロに気 を取られていたため、このことは国際的にはほとんど注意を引ひかなか った。

シリアの歴史家のサミ・ムバイエッド氏は、「ダマスカスの春の繁 栄が許されていたなら、この国とアサド政権は両者とも10年後にはソフ トランディングに至っていただろう」と述べた。

「春ではなく秋」

弁護士で活動家のハイサム・マレー氏(81)は「あれは春ではなく て、秋だった」と振り返る。

アサド大統領は11年3月以来、同政権に反対する人間を容赦なく弾 圧。シリア人権監視団によると、死者は1万9000人以上に上る。この数 字には政府軍の兵士約5000人も含まれるという。

マレー氏によると、市民の大半は、政府軍の兵士や政権側の民兵の 仕業とされる砲撃や拷問、虐殺により死亡した。

それと同時に、シリア経済も徐々に窒息状態に陥りつつある。04年 からの米国による制裁に加え、欧州連合(EU)も11年5月に制裁を開 始した。

クリントン米国務長官は7月、「シリアの通貨と外貨準備は崩壊し た」と述べ、金融制裁の一段の強化を求めた。「原油制裁のみによって も、アサド大統領は何十億ドルにも上る歳入を失っており、内戦の費用 を賄うことが日に日に困難になっている」と述べた。

実業家でダマスカス商工会議所の役員、ソニア・カンディ・カチェ チョ氏は、「制裁は私たちの首を絞め、殺そうとしている」と語った。

米国務省の広報官、パトリック・ベントレル氏は、戦闘がダマスカ スのアサド政権中枢に近づいていることに伴い、同政権の命運も終わり に近づいているとの見方を示した。「きょうなのか、明日なのか、来週 なのか、時期については予測できない。しかし、反体制派は民主化を断 固として要求する意向であり、シリア国民は新たな政権を望んでいるこ とは明確だ」と述べた。

原題:Syria Regime Change Seen With Economy Collapsing From Sanctions(抜粋)

--取材協力:Ben Holland、Francis Harris、Inal Ersan.

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