円高は悪だという強迫観念は「政策判断ミスの元」-玉木前財務官

経済協力開発機構(OECD)の事 務次長で、前財務官の玉木林太郎氏は「急激な為替変動は円高であれ円 安であれマイナスだが、円高への恐怖が強迫観念になり過ぎて、円高に なればなるほど株式相場が下がり、人々が悲観的になるという社会構造 を維持したままでいると、政策判断ミスの元になる」と警告する。

玉木氏は2009年7月から2年間、財務官を務め、11年8月に OECD事務次長に就任した。前月29日に行ったブルームバーグ・ニュ ースとのインタビューで、日本では円高が悪で円安は善であるという認 識が強いが、それはいつくかの思い込みによるものであり、日本経済に とっては、円高よりも、むしろ資源高による国民所得の流出の方が大き なダメージを与えている、と主張する。

円高になると、輸出企業の手取りが減るが、同時に輸入のコストを 下げる。玉木氏は「日本経済全体にとって、もし貿易収支が均衡してい れば、プラス、マイナス同じだ。輸入まで含めてみれば、経済にとっ て、為替が強くなることがストレートにマイナスだということではな い。そこはバランスを持って物事を見るべきだ」と語る。

OECD加盟34カ国の中で、日本の輸出の対名目国内総生産 (GDP)比率は下から2番目で、輸入は最も低い。玉木氏は「日本は 輸出入比率が低いので、韓国みたいに貿易で経済全体がひっくり返ると いうことはないはずだ。比率自体が低くても、関連産業の裾野は広いと いう指摘もあるが、それはどこの国でも同じだ」と語る。

現状は本当に円高か

そもそも今の為替が本当に円高なのか、と玉木氏は疑問を呈する。 「皆、25年前の名目レートと比べて議論するので円高ということにな る」が、貿易相手国との貿易量や物価格差を加味した実質実効レートで みれば「円高の度合いは、はるかに少ない」と指摘。「今、海外に行っ てもモノが安いとはあまり感じないだろう。むしろニューヨークのホテ ルやステーキがこんなに高いのかと思う人が多いはずだ」と語る。

さらに「円高が悪だという思い込みは市場や景気にものすごくネガ ティブに働く」と指摘。「ドイツでは、ユーロが上がっている時期と株 価指数のDAXが上がっている時期はかなり相関関係が高い。日本と全 く符号が逆だ。対ユーロ圏を除いてもドイツの輸出比率は日本よりはる かに高い。それでもこういう現象が起きているということは、投資家、 あるいは社会全体の心理の問題だ」と強調する。

資源高の方がはるかにマイナス

経済界や株式市場などでは円安待望論が根強いが、「円安の時期が 長くなり、構造的な問題になってくると、極めて大きなゆがみを国内に もたらす。国民生活の面では、電気代や飛行機運賃などはすぐに値上が りする。値上がりするということは、国民の賃金が実質的に下がるとい うことだ。円安は一種の賃下げと同じだ」と玉木氏はいう。

さらに、「資源価格の上昇は円高よりもはるかに国民の所得の流出 につながる。今は円高が補っているからまだ所得流出は少なくて済んで いるが、これが経済全体に与えている影響は大きい」と指摘。「それに 比べて、円高が本当に輸出企業にダメージを与えているのかどうか。む しろ、輸入コストが下がって、それによって取り戻している部分の方が 大きいのではないか」と語る。

2002年から07年まで日本は戦後最長の景気拡大を遂げた。「その 間、名目輸出額は72%増えたが、日本全体の賃金を見ると7%下がっ た。企業収益は借入金の返済に充てられ、企業内の貯蓄になって、家計 部門は賃金が減ったので、消費の力は停滞した」と玉木氏。「あの夢を もう一度という声が多いが、円安で輸出を増やしても、少なくとも当時 は日本の国民生活は向上しなかった」と言う。

日銀だけでは解決しない

物価はマネーの量に左右される貨幣的現象であり、インフレもデフ レも中央銀行がコントロールできるとの声が根強い。玉木氏は「デフレ が究極的には貨幣的現象であることはその通りだが、それは日銀が供給 したマネーが経済の中を循環していくことが前提だ」と指摘。その前提 が成立しない状況では、「日銀と銀行のお金のやり取りがいくら増えて も、たぶん日銀だけでデフレを止めることはできない」と語る。

その上で「政府の構造改革努力、それから社会的な安心感という意 味では、公共財政の持続可能性への信頼感が日銀の金融政策をより有効 にするための極めて大事な前提条件となる。日銀だけにお任せして、後 は知らないというアプローチをとるのは間違いだ。政府がやるべきこと は山のようにある」としている。