【コラム】燃え尽きバンカーが崩すウォール街神話-コーハン

米紙ニューヨーク・タイムズがゴー ルドマン・サックス・グループのバイスプレジデントだったグレッグ・ スミス氏の退社注目の的にした3月以来、出版物やインターネット上 のブログではウォール街脱出物語を一人称で語るという「家内工業」が 花盛りだ。

例えば、英紙ガーディアンは「ボイシズ・オブ・ファイナンス(金 融界の声)」というシリーズで60本のコラムを掲載した。ここでは、ウ ォール街の現・元バンカーやトレーダーらが匿名で、業務の実態やウォ ール街を去ることを決めた理由などを説明する。ロンドン在勤の株式デ リバティブ(金融派生商品)セールス担当者は、ウォール街で正しいこ とを行うのはトップからの命令でなければならないと記した。

かのスミス氏と同様の職務だが勤め先はゴールドマンではないこの セールスマン氏は「結局、組織の価値観に行き着く。自社の商品を2倍 の値段で売れるとき、売るかと言われれば、ビジネスの世界では、顧客 が適切な情報を持っている限り、それは合法だと言えるだろう」と記 述。

さらに、「仕組みデリバティブの世界では、顧客があえて危険を背 負って無視する重要なルールがある。これらの商品を買う際は、小さな 字で書かれた説明をよく読まなければいけないし、買う前に弁護士を雇 って説明してもらわなければならない。そうしなければ情報の不均衡が 起こる」と説明した。

これらの匿名の情報発信は、ウォール街で働くとはどんなものかを 読者に垣間見させる点で有用だ。しかし、栄光と富を約束して世界で最 も頭脳明晰(めいせき)な人材を誘惑することに長けた業界を大声で無 条件に否定するエピソードに匹敵するものではない。

リドリー氏の強烈な告白

それに対し、元バンカーのスティーブン・リドリー氏のエピソード は強烈だ。同氏は欧州のある「一流」投資銀行で若手バンカーとして1 年4カ月を耐えた後、2011年10月に金融業界でのキャリアに見切りを付 け、シンガー・ソングライターになった。英ロックバンド、コールドプ レイのクリス・マーティンばりのアーティストに転身を遂げたリドリー 氏は先月、投資銀行時代の苦労話を公表することを決めた。ウォール街 で働こうかと考えている人は投資銀行業界のブラックホールに落ち込む 前に、同氏の物語を読むことをお勧めする。

それによると、リドリー氏は2010年に英国の名門大学を哲学と政治 学、経済学の学位を得て卒業。卒業前の夏にインターンとして働いた 「欧州の」銀行に1年後に就職した。インターンとしての経験で投資銀 行の仕事がどれほど非人間的かは知っていたが、できるだけたくさんの 金を稼ぐということを唯一の動機に就職を決めた。お金があれば幸せに なれ、周囲の人々の尊敬も得られると考えたという。

金さえあれば幸せか

「自他ともにひとかどの人間として認められたかった」と同氏は 「ウォール・ストリート・オアシス」というブログに書いている。「し かし、何よりもまず金が欲しかった。なぜかと言えば金は自由そのもの だからだ。金があれば好きなものを着て好きなところに住み、好きなと ころに行き、好きなものを食べられる。自分がなりたい人間でいられ る。お金は人間を幸せにする。そうだろう」と同氏は問い掛ける。

間違っていた、と同氏は続ける。「実際には、お金はバンカーたち を幸せにしているようには見えなかった。銀行業界で私が出会った200 人ほどの中で、幸せな人間は1人もいなかった。全員が全国平均の何倍 もの金を稼いでいたにもかかわらずだ」という。

同氏はさらに、なぜ自分が不幸せだったかを説明する。「皆そうだ が、私も骨の髄まで疲れ切るほど働いた。頭がぼうっとなるほど退屈な 仕事だった」という。「1日の労働時間は15時間が最低で16-17時間は ざら、20時間以上もたびたびあった。月に1、2回は誰もが恐れる徹夜 もあった。私は4回の週末のうち2回は何らかの形で働いた。自由とい うものがなかった。常にブラックベリーを携帯し、従って決して完全に 仕事から離れることができなかった」と同氏は振り返った。

リッチで優雅な生活?

いろいろな特典やリッチな生活スタイルはどうだろうか。同氏の語 る「客観的な事実」は、「モデルと名の付くもので縁があるのはエクセ ルの分析モデルだけ、ボトルと言えばコーラのボトル」というもの で、「コーラは眠気覚ましのために大量に飲んだ」という。バックパッカ ーとして南米を貧乏旅行していた方が、華やかと見なされる投資銀行の 世界にいるよりも幸せだったと気付いた同氏は、投資銀行のキャリアを 捨て、かねてから望んでいたシンガーの道を進むことを決めた。

投資銀行が分け合うパイの縮小と業界への規制の劇的な変化を考え ると、ウォール街は今や重大なパラダイムシフトの瞬間を迎えているよ うだ。リドリー氏や他の大勢が気付いたように、ウォール街はもはや面 白おかしい街ではなく、必ずしも金銭的に有利な働き場所でもない。

そして、ここ数十年で最良のニュースはこれだ。もしかしたら、社 会の中で最も優秀な若者たちは今後、大学を卒業した後、名声と富を夢 見て当然のようにウォール街に吸い込まれる代わりに、それぞれの夢を 追求するようになるかもしれない。それは彼ら自身にとっても社会にと っても良いことだ。

リドリー氏が言う通り、「人生は短い。若い日があり、歳を取り、 そして死ぬ。これを知って行動しよう。失うものは何もない」のだか ら。

原題:Banking Burnouts Blow Away Wall Street Myths: William D. Cohan(抜粋)

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