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【書評】元ゴールドマンの神経科学者、ディーラーの秘密探る

ウォール街のトレーダー、スコット 氏は2007年後半、住宅ローン市場の崩壊を目の当たりにし、脳の奥深く に埋もれていたスイッチが入った。

ジョン・コーツ氏の奇妙な著書「The Hour Between Dog and Wolf (仮訳:イヌとオオカミの間の時間)」は、その次の瞬間に何が起こっ たかを臨床的に分析している。

コーツ氏によれば、スコット氏の心拍が速まり、腕や大腿(だいた い)への血流が増える。瞳孔が拡張して光の吸収が増加する。汗をかき 始め、呼吸は速まり、アドレナリンが放出される。そして、損失が2400 万ドル(現在のレートで約19億2000万円)に膨らみ、下痢が始まる。

コーツ氏は米ゴールドマン・サックス・グループやメリルリンチ、 ドイツ銀行でデリバティブ(金融派生商品)取引に12年間にわたって携 わった経歴を持つ。スコット氏は架空の人物だが、コーツ氏の所見から 判断してこれらの症状は全てあまりにもリアルだ。

「トレーディングフロアで損失が膨らむと、不安に駆られたトレー ダーらがトイレに駆け込み、男性トイレは恐怖と悪臭を放ち始める」。

この著書が米銀JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最 高経営責任者(CEO)の読書リストにないのなら、20億ドルの取引損 失が出たこの機にリストに加えられるべきだろう。

コーツ氏は1990年代のドットコムバブルの際に金融市場の持つ生物 学的な側面に触れて衝撃を受けた。通常は良識的なハイテク株トレーダ ーらが自信過剰になり、分別をなくし、興奮状態に陥る様を目にした。 その時、神経科学の分野で特にホルモンが脳に及ぼす作用、思考や行動 に与える影響を解明したいという思いに取りつかれた。

男性の性ホルモンであるテストステロンがトレーダーの判断力を奪 い、自分は完全無欠かのように感じさせ、相場を持続不可能なほどの高 値に押し上げる可能性があるのだろうか。そしてハイテク株が急落した 際、トレーダーはストレスを引き起こすホルモン、コルチゾールの影響 に打ちのめされているのだろうか。

戦いか逃走か

数千年にわたって進化を遂げてきたヒトの体内機能は、ライオンや クマとの戦いか逃走の手助けをし、活況と不況の原動力にもなっている のだろうか。

コーツ氏は自身の理論を検証するためウォール街を去った。英ケン ブリッジ大学で神経科学と内分泌学を4年間学び、現在は上級研究員と なっている。ロンドンの金融街シティーで高頻度取引トレーダー250人 を対象に実験を行った。このうち女性は3人だけだった。

2週間にわたり、トレーダーのテストステロン値と、日々の利益と 損失とを比較した。その結果、利益が平均を上回った日にはテストステ ロン値が大幅に上昇していることが分かった。コーツ氏によれば、この ホルモンがトレーダーらにさらにリスクを取るよう促す作用を及ぼした ためだ。

別の実験では、変動性の高い市場と損失がどのようにトレーダーの ストレスホルモン分泌のきっかけとなるかを実証した。このホルモン は、制御不能の状態や不確実な状態に敏感に反応する。

変異

コーツ氏によれば、金融市場でリスクを冒す行為は、巨大なチュー ブの間を抜ける波乗りや、フェラーリに乗って曲がりくねった山道でス ピードを出したり、グリズリー(ハイイログマ)とにらみ合ったりして いる時のような他のリスクを冒している際に感じるのと同じ心理的反応 を引き起こす。

トレーダーはテストステロン値が上昇する際、戦いに備える動物の ような態勢に入るとコーツ氏は考えている。本のタイトルが示唆するよ うな変異の瞬間において、リスクを取ろうとするトレーダーの意欲は自 信と共に高まっていく。トレーダーは「イヌとオオカミの間の時間」に 入り込んでいくのだ。

この著書の内容は推論も多く、型破りだ。ただ、非常に魅力的なの で二度も読み、たくさんメモを取った。

コーツ氏は、あるフロアで働く強気市場に魅せられたトレーダーら の物語として描いている。この強気市場は、2007年と08年にひどい弱気 市場へと変貌を遂げた。彼らがいかにして利益や損失を出し、身体がそ の行動にどのような影響を及ぼしたかを表現している。

女性と年長者

テストステロンが本当に見境なくリスクへの行動を促すなら、どう 対処すればいいのだろうか。コーツ氏は市場の生物学を変えることを提 案する。

同氏によれば、例えば、トレーディングフロアで勤務する女性や年 長者の数を増やすことも可能だ。女性のテストステロン値は男性の約10 -20%で、男性でも年齢とともに値が減少するという。

コーツ氏はトレーディングについて、通常、若い男性の職業と思わ れがちだが、最も伝説的な投資家はもっと年を取っていると指摘する。 ウォーレン・バフェット氏や同氏が師と仰ぐベンジャミン・グレアム氏 のように。

その道の第一人者であっても、時に経験を積んだ年長者の助言者を 必要とするものだ。

(プレスリー氏はブルームバーグ・ニュースの芸術・娯楽部門で記 事を執筆しています。この書評の内容は同氏自身の見解です)

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