日銀の物価上昇1%達成でも真のデフレ脱却と言えず-渡辺努東大教授

東京大学大学院の渡辺努教 授はブルームバーグ・ニュースとのインタビューで、真の物価は 総務省の消費者物価指数(CPI)前年比上昇率より1ポイント 以上低い可能性があるとし、日本銀行が目標として掲げる1%に 達しても、デフレから脱していないという事態が起こり得ると述 べた。

渡辺教授は日銀出身で一橋大学教授を経て現職。インタビュ ーは26日に行った。教授が現在取り組んでいるのは、総務省と 異なるCPIの算出。同省は調査員をスーパーに派遣し、サンプ ル調査で集計する。これに対し渡辺教授らは、スーパーのレジに あるスキャン(データ読み取り機)で記録された全ての値段と数 量を400店舗分ほど集めた上で、同省と異なる基準でサンプルを 抽出する実験を行った。

教授は「サンプル抽出の方法を少し変えることで、出てくる 数字がどのくらい振れるのか、総務省の数字をどの程度幅を持っ て見る必要があるか評価しようとした」という。CPIは過去 10-15年ほど毎年1%前後下落しているが、「抽出を変えると 物価がより大幅に下がる傾向があり、一番大きいケースだと2% 下落になる」という。

日本の物価は品目のウエートを基準年に固定して加重平均す る「ラスパイレス指数」を採用しているが、基準年から時間が経 つにつれ価格下落を過小評価する傾向がある。同教授は「米国が 採用している指数の方が誤差が小さいことが分かっており、指数 の作り方まで考えると、2%を上回るデフレになっていたかもし れない」と語る。

1%の根拠

渡辺教授は「仮にCPI上昇率が1%になっても、おそらく 真剣に測ったインフレ率、あるいは米国流の方法で測った指数で は、まだマイナスである可能性が高い」と指摘。「真実としては、 まだデフレが起きているにもかかわらず、数字上は1%になった ので、デフレが終わったと判断される可能性がある」という。

日銀は先月14日の金融政策決定会合で、「物価安定のめど」 としてCPI前年比上昇率で2%以下のプラスの領域、当面1% と明示。その上で、当面1%が見通せるまで強力に緩和を推進し ていくと表明した。日銀は数値を示すにあたり、①物価指数の計 測誤差②物価下落と景気悪化の悪循環への備え(のりしろ)③家 計や企業が物価安定と考える状態(国民の物価観)を踏まえて検 討したとしている。

渡辺教授は「1%の根拠は何かをもっと明確にすべきだ。誤 差と言っても、私たち以上に踏み込んだ研究をしている例は、私 の知る限りない。日銀は何を根拠に、どの数字を見て、どの程度 の誤差があるかという説明を一切していない」と語る。

望ましくない物価観を壊すべき

白川方明総裁は2月14日の会見で、国民の物価観について 「海外が2%だから日本も2%だと出した場合、それは現実の日 本経済の特徴あるいはその下で形成された家計や企業の意識から 離れていく」と述べた。しかし、同教授は「だんだん時間が経つ うちに、企業も家計も皆、物価が1%下落することを前提に行動 するようになった」と指摘。「1%という非常に緩やかなデフレ だが、放置したことによって、それに慣れ親しんでしまったこと が非常に大きい」という。

その上で「物価観がある意味でゆがんでいるのだとすれば、 いつも恒常的にデフレだと思うのは正しくないので、1%、2% へ物価が上がることを前提とした社会を作っていくんだというく らいのところまで、大きく転換していかなければならない」と言 明。「望ましくない物価観は積極的に壊していく必要がある」と 主張する。

渡辺教授はさらに、購買力平価で考えると、名目の円ドル為 替レートは基本的に日米のインフレ格差で決まると説明。「日本 の物価目標が1%、米国の物価目標が2%という数字を額面通り に受け取ると、日銀、あるいは米国連銀は円ドルレートをこれか ら毎年平均的に1%、必ず円高方向に動かすことを決めたことに なる」と話す。

一部委員も「2%」を主張

日銀が物価安定のめどを示した2月14日の金融政策決定会 合の議事要旨によると、ある委員は「為替相場が長期トレンドと して一方向に傾くことがないよう、長期的には主要国の多くと共 通の物価上昇率を目指す必要があり、現状それは『2%』である」 と指摘。同じく購買力平価の考え方に基づき、諸外国と同程度の 目標設定を主張したが、少数意見として退けられた。

渡辺氏は「四半世紀の長期にわたり円高トレンドが続いてい る。その裏側では、米国との対比で物価が下落するという現象が 続いている」と指摘。「米国と比べて金融緩和の度合いが弱いと いうのは、別に今始った話ではなく、ずっと続いていることであ り、そのためにトレンドとして名目の為替レートの円高が進行し てきた」と語る。

15年もの間、デフレに慣れ親しんできた国民の物価観を変 えるためには、日銀はより思い切った目標設定が必要だと渡辺教 授は主張する。さらに、為替相場が再び急激な円高に向かう局面 では、政策意思を鮮明にした上で、介入資金を市場に放置する介 入の非不胎化や、スイス国立銀行が行っている無制限介入による 為替相場のペッグ(固定)化のような政策も検討すべきだという。

金融政策変更に小売物価が反応

渡辺教授が取り組むもう1つの研究は、金融政策が物価に与 える影響。「スキャナーデータにより、これがベストと思えるよ うなCPIの指数を作った」と指摘。「スーパーだから毎日デー タが上がってくるので、金融政策の変更により、実際にスーパー の価格や販売数量が動いているかどうかをデイリー単位でみるこ とができる」という。

渡辺教授はブルームバーグが日銀ウオッチャーを対象に行っ ている金融政策予測調査を活用。「政策変更が予想通りなら既に 織り込み済みなので、スーパーの経営者も価格を変えることはな いが、予想外の変更であれば価格付けが変わる可能性がある」と 指摘。「何らかの金融緩和が行われ、しかもそれが予想外だった 場合、物価が反応するという結果が暫定的ながら得られている」 という。

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