泥に埋もれた金型探しから始まった震災復興-自動車産業が東北けん引

宮城県の仙台空港近くの自動車部 品工場で昨年3月11日、田中巧氏は工場の外壁を突き破ってきた津波 にのまれそうになりながら機械によじ登り命を取りとめた。その後、 まず始めたのは、泥に埋まった金型を探すことだった。会社の規模は 大きくなくても、同社の製品や金型がないと日本の自動車生産に支障 が出る。それは宝探しにも似た気持ちだったと振り返る。

「うちの部品がないとホンダの生産ラインが止まるんです」-。 エンジン部品などに使われるプレス金型製造のウチダ(川崎市)の常 務で仙台工場長を兼務する田中氏は話す。売上高規模は月1億5000 万円程度で、東日本大震災前には毎月約500種類の金型部品をホンダ やトヨタ自動車の系列部品メーカーに供給していた。

震災4日後、工場周辺で自衛隊が遺体を捜索する中、最大の取引 先であるホンダ系部品メーカー、ケーヒンなどからの応援部隊が現地 に到着。協力して金型を回収した。しかし、生産の自力復旧には時間 がかかると判断し、悩んだ末、部品の図面とともに震災被害のなかっ たホンダ系列の同業者へ引き渡すことにした。田中氏は「技術の流出 にもつながりかねず苦渋の決断だった」と話す。エンジニアは涙なが らに抵抗したという。

震災から1年。被災地ではウチダのような中小企業の奮闘もあり、 地域経済回復は着実に進んでいる。宮城県ではトヨタの新たなエンジ ン工場建設や、地元企業からの部品調達に向けた取り組みも始まった。

経済産業省が公表する鉱工業生産指数(季節調整済み)で、東北 地域は昨年3月に64.6と、前月比で一気に35%も落ち込んだ。全国 は同月に前月比16%減の82.7にとどまり、東北のものづくり基盤が 震災で大打撃を受けたことがうかがえる。しかし、その後は急回復を 遂げ、今年1月(速報値)の水準を昨年3月と比較した改善率は東北 が45%と、全国の15%の3倍になっている。

トヨタが復興のけん引役

宮城県自動車産業室の高橋裕喜室長によると、県内に拠点を置く 自動車関連の製造業261社のうち、昨年10月末時点ですでに99%が 通常稼働に戻っていた。受注と生産の両面で震災前の水準に回復した 会社は83%に達したという。

復興特別区域の指定により民間投資への税制優遇が決まった宮城 県の村井嘉浩知事は「自動車産業は最も大きく期待をしている」と述 べ、トヨタを復興のけん引役に位置づけた。

そのトヨタは中部と九州に次ぐ国内第3の拠点として東北を重視 する戦略を着々と進めている。昨年7月以降、エンジン工場建設のほ か、東北に生産拠点を持つ子会社の関東自動車工業、セントラル自動 車、トヨタ自動車東北の経営統合、宮城県で工業団地単位での再生可 能エネルギー関連のプロジェクトなどを矢継ぎ早に打ち出した。

人気高いアクアを岩手で生産

また、トヨタが昨年末に投入し、人気の高い小型ハイブリッド車 アクアは、関東自動車の岩手工場(岩手県金ケ崎町)で生産している。 日本自動車販売協会連合会統計で今年2月の販売実績2万1951台は、 国内月販計画の倍近い。3月6日時点の納期めどは半年先の予定。注 文に生産が追いつかず、5月からは岩手工場での生産を最大2割増や す方針だ。

自らも秋田県出身の佐々木真一副社長は東北のものづくり基盤に ついて「南部には鉄器があるし、電子部品の工場も集積している。自 動車では3次、4次の下請けの基盤がしっかりしている」と評価。土 地や労務費も安く「企業にとってリーズナブルなコストで操業できる。 ここを拡大するメリットは大きい」と述べ、取引先にも東北進出を促 し現在約4割の現地調達率を早期に8割へ引き上げたい意向を示した。

一方、ウチダのように代替困難な部品をつくるボトルネックと呼 ばれた部品メーカーの震災被害で、国内自動車各社は生産調整を余儀 なくされたのも事実だ。その教訓から、トヨタはこの1年で部品調達 網の詳細を調べ、災害リスクへの備えを進めてきた。そのため、自動 車会社とサプライヤーの関係に微妙な変化が生じており、課題も残る。

リスクマップ

トヨタで調達担当を務める佐々木氏によると、取引がある1次下 請け約500社に2次以下のサプライヤーの情報開示を求め、半分が応 じた。残りは企業秘密を理由に断ったが、今後、そこが原因で供給が 止まった場合、相応の費用負担をしてもらう取り決めになっている。

地震の発生地域や規模によって建物倒壊や津波などがもたらす被 害規模はどうなるのかをシミュレーションしたリスクマップも作成。 トヨタ車の部品をつくる取引先の事業所は国内に約1500あるうち、災 害時にボトルネックになるリスクがあると判断されるのは約300カ所 で、部品数では約1000点に上ることが判明した。

リスクがあると判断されたサプライヤーには、在庫積み増しや生 産拠点の分散などを呼び掛け、東海地方などで震度6強の地震が起き ても2週間で通常稼働に戻る体制を今年秋までに確立するという。

自動車向けマイクロコントローラー世界シェア4割のルネサスエ レクトロニクスでは、震災後に那珂工場(茨城県ひたちなか市)の生 産が止まり、自動車各社の操業再開が遅れた。その教訓から、商談の 段階から災害時に正常な生産を続けるため必要な在庫数量を顧客に伝 えるようになった。また、別の工場での代替生産や、国内工場の耐震 強度の強化にも取り組んでいる。

不安の声も

ルネサスよりも規模が小さい部品メーカーからは急激な環境変化 に不安の声も出ている。ウチダの田中氏は震災後、ホンダ系列各社の 応援を受け、自社技術の重要性を再認識した。その一方、リスク分散 の名の下に自動車各社が複数社からの調達を本格化すると、技術力が 高くても1社で抱え込んでいては顧客から取引を打ち切られる恐れも あるのではないかと、不安も募るという。

田中氏は「そうなると、うちでしかできない技術と威張っていら れなくなる」と話す。円高で海外移転の流れが進むと国内の部品メー カーとしての存在意義そのものが問われかねないと考えている。

統合再編の動きも

宮城県南部にある自動車部品メーカー、岩機ダイカスト工業は、 震災後の停電で生産停止に追い込まれ、30種類の金型を同業他社に託 した。横山廣人常務は「顧客に迷惑かけて抱え込むよりも」と自分に 言い聞かせ、「ぱっと諦めた」というが、その後、金型は返却されてい ない。

クレディ・スイス証券の秋田昌洋アナリストは、リスク分散のた めの複数社発注が進むと、「独自技術などで生き残ってきた部品メーカ ーの事業環境は厳しくなってくる」とコメントした。自動車各社には 従来からコスト削減の観点でも部品共通化を進めようという動きがあ り、競争力を高めていく上でサプライヤーの総合再編の動きが出てく るとしている。

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