【書評】ダイモン氏にからまれ、ポールソン氏に嘱望されたアナリスト

ウォール街の回顧録の中には期 待外れのものがある。多くを知るインサイダーの著者が、知っている 全てを書かない場合がそうだ。フェリックス・ロハティン氏がまず思 い浮かぶ。

一方、思ったより実のあるものもある。マイク・マヨ氏の「エグ ザイル・オン・ウォール・ストリート(仮訳:ウォール街の亡命者)」 が好例だ。

マヨ氏は怪しげな会計手法やローンの質の劣化、弁解の余地のな い幹部報酬などを指摘できる率直で保守的な銀行アナリストとして、 評判を築いた。しかし、ある意味で同氏は常に部外者だ。

リーマン・ブラザーズ・ホールディングスやドイツ銀行などの金 融機関に20年勤務した後も、同氏は曇りガラスの窓に鼻をくっつけ て外から中をのぞいている向こう意気の強い若造という印象を与える。 アイビーリーグ名門大学の毛並みの良さを持たずどこかに不満を抱い ている。

場違いな侵入者という立場が、マヨ氏の著書に目からうろこの発 見ともどかしさの両方を与える。分析的な洞察に満ちているが、役員 室の内情を垣間見させるエピソードは少ない。住宅バブル時にウォー ル街のバランスシートに巧みに隠された有毒債権について、調査部門 の幹部ですらほぼ何も把握できなかったことが同氏の著書から分かる。

リーマンの「買い」維持

マヨ氏は銀行についての弱気で知られていたが、リーマンが破綻 に向かう間中、同社は「買い」との投資判断を維持した。リーマン株 は不動産関連の損失可能性を織り込んでもまだ、純資産価値をあまり に大きく下回って取引されていたため、1ドル札を75セントで買え るような匂いがしたと同氏は言う。

だまされたのはマヨ氏1人ではない。超大物投資家のビル・ミラ ー氏も、ベアー・スターンズがJPモルガン・チェースの手に落ちる 直前までベアー・スターンズについて強気だった。

投資家やアナリストに対して大銀行はあくどいことをする。 2004年にJPモルガンとバンク・ワンが合併について正式に発表し た場で、当時バンク・ワンの最高経営責任者(CEO)だったジェイ ミー・ダイモン氏に「からまれた」エピソードをマヨ氏は紹介する。 バンク・ワンの投資判断を長く「ネガティブ」にしていたマヨ氏は合 併のニュースを受けてこれをJPモルガンに合わせて「買い」に引き 上げた。

意気軒高なダイモン氏はマヨ氏に「君の次のリポートの題は『私 は間違っていた』だろうね」と、部屋いっぱいの聴衆の前でからかっ た。銀行の幹部が他人の尊厳に対していかに無頓着かが分かるエピソ ードだ。

グリーンスパン氏の写真

マヨ氏は自身の奇矯(ききょう)さを暴露することを恐れない。 アラン・グリーンスパン氏の写真をアパートの壁に飾っていたり腹筋 と腕立て伏せをやり過ぎるほどしたり、「私は資本主義の戦士だ」と 虚勢を張って見せたり。しかし何よりも強く伝わってくるのは頑固な ほどの正直さだ。

マヨ氏は1980年代終わりから90年代初めにかけて、ワシン トンで米連邦準備制度の職員として数百件の銀行案件を査定するため バランスシートを詳細に分析した。この仕事は同氏に、市民としての 美徳を意識させた。無理もない。われわれ納税者は貯蓄貸付組合危機 に絡めとられて戸惑っている最中だった。

1992年までに、マヨ氏はウォール街入りを決めていた。ポー ル・ボルカー氏と映画「ウォール街」のゴードン・ゲッコーに触発さ れたマヨ氏は公共への奉仕と金もうけを合体させようと考え、両方を 望んだ。

幾社からも断られた末に、UBSの前身であるユニオン・スイス 銀行でジュニアアナリストの職を得た。2年後にリーマンに移り、調 査対象銀行の大半の投資判断を「買い」とした1994年のリポート で名を上げる。

強気から弱気へ

議会は大半の銀行に複数の州での営業を禁止する規則を決めたば かりだった。マヨ氏はこれが、統合とコスト削減、株価上昇をもたら すと正しく予言した。同氏の強気は揶揄(やゆ)を浴びたが、それは S&P500種株価指数が上昇を始めるまでのことだった。

次の見せ場は1999年だった。マヨ氏は金融業界全体に対して 弱気に転じ、1000ページに及ぶリポートを発表した。「ニューエコ ノミー」理論華やかなりし時代で、「買い」と「売り」の投資判断の 割合はほぼ100対1だったとマヨ氏は振り返る。銀行株が下落を始 めると反感の的になった。あるトレーダーは自身の「掲示板」にマヨ 氏の写真を掲載し「お尋ね者」と書きなぐった。

マヨ氏の警告には住宅ローンの急激な拡大が「住宅価格下落と担 保価値低下」の悪循環につながるとの予想も含まれていた。証明され るまでに10年近くかかったが的を射た指摘だった。

懇願

2007年の終わりにかけて米サブプライム(信用力の低い個人向 け)住宅ローン危機が悪化していた時、ドイツ銀の営業担当者は名前 を聞いたこともないようなヘッジファンド顧客と会うことをマヨ氏に 頼んだ。この女性の営業担当者は、顧客が「誕生日プレゼント」とし てマヨ氏との面会を望んでいると懇願したという。

行ってみるとそれは転職の誘いだった。「報酬は素晴らしいです よ」と言う相手の誘いをマヨ氏は断った。

この顧客の名前はジョン・ポールソン。そのヘッジファンド会社 はその年、住宅バブル破裂に賭けて150億ドル(約1兆1500億円) をもうけた。(ジェームズ・プレスリー)

(プレスリー氏はブルームバーグ・ニュースの書評家です。この 書評の内容は同氏自身の見解です)

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