【書評】逃げたタイタニック号オーナー、船とともに沈んだ臆病者人生

1912年4月15日の真夜中を少し 過ぎたころ、タイタニック号のオーナーは、沈没する船のデッキから 降ろした最後の救命ボートの一つに飛び乗った。溺れる女性や子供を 置き去りにして、自分だけ助かろうとしたことで、オーナーとしての 名声も豪華客船とともに海中に沈んでしまった。

タイタニックのオーナー、J・ブルース・イズメイ氏の不名誉だ が啓発的な物語は、フランシス・ウィルソン著「How to Survive the Titanic(仮題:タイタニックから生き延びる方法)」で語られる。伝 記、ルポルタージュ、文学批評が奇妙に混ざり合ったこの著作は、イ ズメイ氏の人生という視点から描くことで、事故を新たに検証してい る。

当時49歳の英国人のイズメイ氏は、陸に戻ると、報道の中傷キ ャンペーンの最初の犠牲者になる。臆病者のレッテルを張られ、氷山 への衝突の際速度を出していたことも同氏の責任だとされた。「彼の人 生はその時点で終わってしまったも同然だった」とウィルソン氏はつ づっている。

イズメイ氏は、当時最も利益を上げていた海運会社の一つ、ホワ イト・スター・ラインを一代で築いた創業者の最年長の子供だった。 不幸なことに、父親は息子を母親に甘やかされた子どもだと考え、自 らの成功が息子にもたらした恩恵に憤りを抱いていた。

息子は社会的な洗練さを欠いた「独善的で独裁的な」人間に成長 した。父親から会社を相続して最初にしたことは、J・ピアポント・ モルガン氏に3500万ドルで売却することだった。会社にはマネジング ディレクター兼会長としてとどまったが、1912年に退職を計画してい ており、タイタニックの処女航海が役職最後となるはずだった。

背を向ける

他の生存者は、タイタニック号が沈んでいく不気味な光景を恐怖 を抱きながら見つめていたが、イズメイ氏は沈没船に背を向けた。そ の後、他の生存者が裁判所の審問や回想録などで生還の様子を証言し たにもかかわらず、イズメイ氏は沈黙を守り通した。

作者のウィルソン氏はタイタニックが比喩としては使われすぎて いるものの、歴史の一区切りになったとの見方を改めて示している。 氷山にぶつかったのは、世界が流動的な状況にある時代だった。

作者が描くイズメイ氏像は、同情というよりは共感できる人物で、 不確実な現代に困惑するほどぴったり合った普通の人間だ。作者は「イ ズメイ氏はわれわれ全員が本当の自分の姿なのではないかと恐れてい る人物だ。彼はわれわれの一人なのだ」と書いている。 (ヘプツィバ・アンダーソン)

(アンダーソン氏はブルームバーグ・ニュースの書評家です。こ の書評は同氏個人の見解です)

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