【コラム】「菊と刀」からオリンパス問題を考える-W・ペセック

オリンパスの株主は愚かなの か外国人嫌いなのか、それともその両方なのだろうか。同社の最 高経営責任者(CEO)から内部告発者に転じたマイケル・ウッ ドフォード氏にはっきりと「ノー」を突き付けたことで、こうし た疑問が出てくるのは極めてもっともなことだ。

英国人のウッドフォード氏(51)は昨年10月、企業買収での 異常な会計処理を疑問視したことでCEOを解任されたが、今や この問題は巨額の損失隠しをめぐる捜査の焦点となっている。ヒ ーローとしてたたえられてもいい同氏だが、ここ日本ではいまだ に外国人CEOは極めてまれで、CEOの解任理由は日本文化に 無理解というあいまいな理由だった。

メディアを通じ自身の主張を訴えたウッドフォード氏は、オ リンパスのCEOに復帰し、同社の信頼性の回復に貢献しようと 手を上げていた。だが先週、今春開催予定の臨時株主総会での委 任状争奪戦を断念すると表明。大株主である国内機関投資家の支 援を得られなかったためだ。

一体全体、オリンパスの株主は何を考えているのだろうか。 勇気を振り絞りCEOとしてオリンパスが生き残るために必要な 透明性を示したウッドフォード氏ではなく、「日本株式会社」にお いて最も恥ずべきスキャンダルの一つに関与した会社側につくと いうのだ。何とも奇妙なことではないか。

それを説明するのは、恥そのものかもしれない。終戦間もな い1946年、米国の文化人類学者のルース・ベネディクトは著書「菊 と刀」で、「恥の文化」を分析し日本人論を展開した。政治の世界 でも企業社会でも、失敗は恥につながり、日本人がどんな犠牲を 払ってでも避けたいことだというのだ。

原発危機

日本に起業家精神が育たないこともこれで説明できる。日本 の大企業はさまざまな技術革新を成し遂げ、長期にわたり特許技 術における世界のリーダーとしての自負を感じている。だが日本 においては米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏のように 数人の若者がガレージにノートパソコンを持ち込みながら、世界 を変えるような企業を起こすという夢や野望を抱くということは 一般的ではない。失敗への恐れが強いのだ。

オリンパス問題の核心は、強欲さでも損失を隠した旧経営陣 の取り巻きを守ることでもない。恥をかくことへの恐れだ。オリ ンパスの旧経営陣は財テクの失敗を白状するよりも、刑務所に入 ったり92年の歴史を持つ同社をぶち壊すリスクを冒すことを選ぶ のだ。幹部が安全基準違反を数年にわたり隠していた東京電力の 原子力発電所で、放射能漏れの危機が起きたことを考えてみてほ しい。

恥の経済学は精神分析に任せよう。だがオリンパスのケース では、恥の文化が分析すべき大きな背景であることは明らかだ。 (ウィリアム・ペセック)

(ウィリアム・ペセック氏はブルームバーグ・ニュースのコラム ニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

原題:Economics of Shame Undermines Japan Inc.: The Ticker (抜粋)

参考画面: 翻訳記事に関する翻訳者への問い合わせ先: 東京 笠原文彦  Fumihiko Kasahara  +81-3-3201-3761 fkasahara@bloomberg.net Editor:Masami Kakuta、 コラムに関するコラムニストへの問い合わせ先: コラムに関するエディターへの問い合わせ先:

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