【コラム】ユーロを救えるのはもうECBしかいない-Cクルック

ユーロ圏の苦境について、 1つだけ言えることは、それが予想外のものではなく、逆に皆が予想 していたものだということだ。欧州の通貨同盟は今、それが計画でし かなかったときに既に指摘されていた瑕疵(かし)によって、崩壊し ようとしている。

周辺諸国のソブリン債危機、イタリアのガバナンス(統治)の弱 さ、「良貨」に固執し妥協しようとしないドイツの姿勢、欧州中央銀 行(ECB)の役割。どれもよく分かっていたことだ。

ユーロ圏の問題は予想可能だったのではなく、予想されていた。 にもかかわらず、欧州の指導者たちはそれに備える計画を立てようと しなかった。そんなものを準備すれば悪運を呼び寄せ、通貨統合への 決意を疑われかねない。そう考えた指導者らは失敗を想定する「第2 の計画はない」と言い切った。困ったことに、確かに計画はなかった。

公平に言って、ユーロの未来を思い描いてこの実験を推進した 人々は確かに不運だ。ユーロの試練は恐らく、20-30年早く訪れて しまった。

ユーロ推進派は共通通貨が欧州の政治的な一体化を加速させると 考えた。これは彼らが抱いていた大きな野心、「欧州合衆国」実現の ための前提条件だった。フランスとドイツ、イタリア、ギリシャ人が、 それぞれの国民であるよりもまず欧州市民であるなら、ユーロはここ 数カ月で起きたような衝撃に耐えられるだろうし、第一にこのような 事態は起こらない-。

ギャンブル

確かに、そうした考えは妥当だった。ギャンブルではあったが、 成功する可能性もあった。欧州の政治的一体性は生まれつつあった。 20世紀をちょっと振り返るだけで、それがどれほど貴重なことかが 分かる。政治・経済両面の統合深化と共通通貨の採用は、この一体化 プロセスを加速させると同時に、その過程で膨大な経済的利益ももた らすと考えられた。

問題は、そのような統合が受け入れられるには時間がかかるとい うことだ。欧州共同の政策という考えは既に世論に対して先走ってい た。ドイツ国民の大半は共通通貨採用を支持していなかったし、同国 以外でも、欧州連合(EU)条約の改定についての国民投票はしばし ば、可決されるまでに2回以上の実施が必要だった。欧州の有権者は 政治家に圧力をかけられることに慣れているが、それでも限度という ものがある。

欧州政府というものをさらに推し進めるには、それを受け入れる 世論が育つのを待つ必要があった。そのような展開は、ユーロの成功 のために必須だったが、欧州のエリートたちは心配してはいなかった。 ところが、米サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン問題 のおかげで試練はあまりに早く訪れた。

国民意識

最近の問題は、あえて容認されてきたガバナンスの格差が原因だ。 ブームとバブル破裂のサイクル、周辺国財政への急激な圧力は一つに は、ユーロ参加で突然に資金調達コストが低下した新メンバーの借り 入れをEUが制限しなかったことが原因だ。今、危機に見舞われてE Uはつまずいた。財政統合がなされていないからだ。そして人々は、 国民としての自分を突然意識する。誰も外国人のために税金など払い たくはない。

ユーロ推進派の失敗は、一度に全てを手に入れようとしたことだ。 ある時点でEUは、既存のメンバーの間で政治的統合を深めるのか、 文化的に隔たりが大きく経済発展の度合いも政府の信頼性も低い諸国 にユーロを広げるのか、という2つの選択肢に直面した。

本来は、発展の度合いが均一で考えも近く、通貨と主権を分け合 うことに前向きな国の間で統合を深めるか、より広範な代わりに緩や かな、北米自由貿易協定(NAFTA)のような統合を目指すか、そ のどちらか一方を選ぶべきだった。

不可能

問題は、今からでもどちらか一方を選ぶことができるかというこ とだが、私は難しいと思う。通貨統合が崩壊した例は過去にもあるが、 ユーロの場合、秩序ある解体はほぼ不可能だと思われる。

政治家が作ったものなら政治家が解体することができると考える かもしれないが、そう簡単ではない。通貨を統合した時、レートは固 定される。これを解体すれば再び変動相場になる。明らかな不均衡は 大問題を生む。もし、イタリアがユーロを捨てると予想されたら、誰 がイタリアの銀行に預金を置いておくだろうか。置いておけば預金は 新リラに交換されてしまう。このリラは生まれたとたんに下落するだ ろう。そんな観測だけでもシステム全体で銀行取り付けを引き起こす のに十分だ。

しかも、ユーロ圏の金融は完全に統合されている。金融取引に国 境はない。取引は仮想世界で一瞬のうちに行われる。多国間のユーロ 建てでの貸借関係は理解不可能なほど複雑だ。そのような契約の通貨 をどうやって、どんな条件の下で交換するのか。方法や条件を誰が決 めるのか。

巻き戻せない

金融の世界でのある種の選択は、一度してしまうと経済の地殻変 動なしにそれを巻き戻すことはできない。ユーロを捨てることの意味 を考えることすら難しい。

しかしながら、われわれはそれを、身をもって学ぶという大変な 不運に見舞われる恐れがある。それを避けるには欧州各国政府が自ら 生み出した通貨統合の論理とそれに伴う義務を受け入れるしかない。 中期的にはそれは財政統合だが、当面はまず、欧州中央銀行(ECB) にEU内の公的債務を引き受ける権限を与えるしかない。

これはユーロを作り出した人々が決して取らないと誓った道だ。 健全な中央銀行としてのあらゆる原則に反している。その通りだ。こ れらの原則は後で書き直されなければならないし、財政統合を深める 新たな取り決めも後で作られなければならない。しかし今は、米連邦 準備制度理事会(FRB)が米国のためにしているのと同じことをユ ーロ導入国のためにできる中央銀行が必要だ。それ以外の道はまたし てもEUの最大のギャンブルでしかない。 (クライブ・クルック)

(クライブ・クルック氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラム ニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

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