手提げ袋1つで暮らす「ホームレス大富豪」、欧米救出に財産なげうつ

富豪で投資家のニコラス・ベルグ ルーエン氏はじっとしていられないタイプだ。ベネチアのホテル・チ プリアーニのプールサイドにあるレストランでのインタビューが始ま って1時間ほどたったころ、昼食を取る客が大勢入ってきたのを見て そわそわし、場所を変えようと言い出した。

彼が選んだのはバーの外にあるパティオの籐(とう)製ソファ。 「ここの方が良くないですか。少しは涼しいでしょう」と同氏。その 5分後には、騒々しい連中に近過ぎるからと言って再び場所を移した。 今度はホテルの向こう側の人けのないベランダの一角にひっそりと置 かれたテーブルだった。ブルームバーグ・マーケッツ誌12月号が伝え た。

ベルグルーエン氏(50)の人生は常にこんな調子だ。ベルリンや バンガロール、ブリスベーンなど世界各地で買収候補企業を模索して いる。米国とドイツの二重国籍を持つ同氏は過去10年間、定住所を持 ってこなかった。ガルフストリーム製ビジネスジェット機で絶えず世 界を飛び回り、5つ星の超高級ホテルで寝泊まりする。たいていは衣 服と携帯端末「ブラックベリー」を入れた小さな手提げ袋一つだけし か携えていない。

「私のような完璧主義者が物と持つと、その物に本当に気を配ら ねばならなくなって、他に注ぐエネルギーが奪われる」とベルグルー エン氏は言う。着ていたピンクのシャツはポケットに赤でイニシャル が刺しゅうされているが、袖口と襟は擦り切れている。

25億ドルの財産

父親のハインツ・ベルグルーエン氏はベルリン生まれのドイツ系 ユダヤ人で、ナチスから逃れるため1936年にサンフランシスコに移住。 美術館学芸員や芸術批評家として働いた後、第2次大戦後はパリに落 ち着き、美術品ディーラーとしてポール・クレーやパブロ・ピカソな どの作品を収集し、財産を築き上げた。

芸術の世界の影響を受けながら育った息子のベルグルーエン氏は、 信託からの資金約25万ドル(約1900万円)を運用して少なくとも25 億ドルに増やしたことが、ブルームバーグの集計データで分かってい る。同氏はこの30年間に世界に広がる仕事上のコネを利用し、過小評 価された企業などを買収して事業を拡大・売却する手法で富を築き上 げた。また、先に株式公開して資金を集め、現金や株式で事業を買収 するペーパーカンパニー、いわゆる「白紙小切手会社」4社を通じて も稼いでいる。

ベルグルーエン氏の白紙小切手会社で取締役を務めたことのある プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資家、ジェームズ・ホ ースライン氏は、「非常に洞察力のある投資家だ」と述べ、「事業構築 とブランド再生で成功を収めてきた長年の実績がある」と話す。

新たな使命

変わり者のベルグルーエン氏には、つまずいた経験も多い。得意 の企業買収から離れると特にそうだ。ヘッジファンドへの進出では運 用成績が振るわず、撤退した。エタノールなど一時的に流行したビジ ネスへの投資では数回失敗した。「失敗しても学ぶことはある。私は多 くを学んだ」という。

こんな同氏が今、さらに遠く離れた分野に乗り出している。目指 すのは混沌(こんとん)状態に陥りつつある欧米諸国の救出だ。同氏 は2011年の株式相場の低迷や米連邦政府の債務上限をめぐる議会で の瀬戸際政策、ユーロ圏債務危機には同一の根本的問題が潜んでいる とみる。「欧米諸国の深刻なガバナンス(統治)危機」が深層にあるの だと言う。

欧米諸国を脅かす政治停滞を減らすため、同氏は1億ドルを寄付 してニコラス・ベルグルーエン・インスティチュートを設立した。そ のオフィスはベルリンとロサンゼルス、ニューヨーク、ワシントンに ある。

欧州の未来のための評議会

9月初旬に同組織は、「カウンシル・フォー・ザ・フューチャー・ オブ・ヨーロッパ」(欧州の未来のための評議会)というグループを編 成。これにはドイツのシュレーダー前首相やスペインのゴンサレス元 首相のほか、ヌリエル・ルービニ氏やジョゼフ・スティグリッツ氏と いった著名エコノミストや米パシフィック・インベストメント・マネ ジメント(PIMCO)のモハメド・エラリアン最高経営責任者(C EO)が加わっており、ブレア元英首相も顧問を務めている。

同グループはブリュッセルから発信した声明で、欧州域内の政治 的統合の強化を呼び掛け、財政政策の一部の中央への集中や欧州中央 銀行(ECB)と欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の権限拡 大、ソブリン債危機打開のためのユーロ圏共同債の発行などを提言し た。

ベルグルーエン氏によると、同組織は必ずしも新しいアイデアを 紹介しているわけではないが、専門家の意見集約を助けて、その提言 を政策に発展させるため働き掛けを行うことを目標としている。

生来のネットワーカー

同氏は政界や金融界、芸術界、米映画業界の間を絶えず行き来す る。北海に浮かぶボルクム島で休暇中のシュレーダー前独首相を訪問 して欧州のイニシアチブについて話をした際には、シュレーダー氏は このプロジェクトへの他国の元首脳らの参加を手助けしてくれたとい う。

米ロサンゼルスでは、シャトー・マーモント・ホテルで毎年パー ティーを催しており、レオナルド・ディカプリオさんやパリス・ヒル トンさんら著名人も集まる。ベルグルーエン氏はまた、理事を務める ロサンゼルス郡美術館のために現代芸術作品の収集も始めている。

こんなベルグルーエン氏を「彼は生来のネットワーカーだ」と称 賛するのは同美術館のディレクター、マイケル・ゴーバン氏。「世界を 文化と経済、政治をひっくるめて全体として見つめ、自分の知り合い 全員をうまく結び付けている」と評した。