大波が来なくては出番がない、ブラック・スワン・ファンドは波乱が命

7月下旬のある暑い日。マーク・ス ピッツネーゲル氏(40)は米ミシガン州北部のグランドトラバース湾 を双発のクリスクラフト・コルセア28で横切っていた。スピードボー トが時速50マイル(約80.5キロメートル)以上に達すると、同氏は 金髪をなびかせながら大波を後に残していく。

ヘッジファンド、ユニバーサ・インベストメンツの創業者である スピッツネーゲル氏にとって、大波こそは好機だ。まだ避暑の最中だ った8月4日。経済指標が弱く景気の二番底連想で米S&P500種株価 指数が下落し始めると、いわゆる「ブラック・スワン」投資家の同氏 は、他の投資家が損をする局面で利益を上げようと、カリフォルニア 州サンタモニカの会社と正午までに15回は電話で連絡を取り合った。 「ブルームバーグ・マーケッツ」誌11月号が報じた。

ユニバーサのオフィスでは2人のトレーダーが同氏との電話の合 間に必死でS&P500種オプションなどのデリバティブ(金融派生商品) を売買している。同日のS&P500種の4.8%下落がユニバーサにたっ ぷり利益をもたらすのだと、同社で投資家向け広報を担当するブラン ドン・ヤーキン氏は言う。同氏が指差す先には、スピッツネーゲル氏 お気に入りの物が壁に掛かっている。数人の漁師に大波が襲いかかる ところを描いた中国の印刷物だ。「こういう日こそ、われわれの存在価 値が生きる」のだという。

恐ろしいシナリオ

恐ろしいシナリオを想定する「ブラック・スワン」ファンドに、 投資家は資金を注ぎ込んでいる。欧州債務危機の深刻化や格付け会社 スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による米国の格下げが、 この資金流入を促している。危機的シナリオが現実のものになれば、 投資家は巨額の利益を得られる。事情に詳しい関係者によると、ユニ バーサの2008年のリターン(投資収益率)は約115%だった。今年は 相場下落の中で8月末までに20-25%のリターンを、政府系ファンド (SWF)や機関投資家の顧客にもたらしている。

スピッツネーゲル氏は「今のところ、株式市場に関してこれ以上 ないくらい弱気だ」と言う。「株式相場はまたしても、ばかげたほど高 くなった。幸い、当社のポジションならば次の一斉売りがいつ来るか と心配することはない」と同氏は述べた。

ブラック・スワン型ファンドの辛いところは、市場の大暴落が起 こらないと何年も損失が続くことだ。09、10年は両年とも、ユニバー サの顧客に4%程度の損失をもたらしたと、関係者が述べた。ブルー ムバーグのヘッジファンド総合指数によると、ヘッジファンド業界全 体はそれぞれ9.2%と8.2%のプラスリターンだった。

住宅保険との例えも

運用者の中にはブラック・スワン・ファンドはコストの高い投資 だと言う者もある。ファンド・オブ・ヘッジファンドのパシフィック・ オルタナティブ・アセット・マネジメントのリスク管理グループでマ ネジングディレクターを務めるフィリップ・ジョリオン氏は、リスク に対するこのようなヘッジを住宅保険に例える。住宅保有者が支払う 保険料は通常、長期的には契約によって得られる恩恵を上回るからだ。 ブラック・スワン・ファンドへの投資では、損失が続く恐れがあるほ か、通常1.5%の運用手数料と20%の成功報酬を徴収される。

ジョリオン氏は「問題は、こういうヘッジ戦略はボラティリティ (変動性)が高い時にしか好成績につながらないことだ」とし、「長期 的には、このような戦略はコスト高で損失がかさむことがあり得る」 と語った。

名付け親

1998年のヘッジファンド、ロングターム・キャピタル・マネジメ ントの事実上の破綻や2001年9月11日の米同時多発テロのように予 測不可能な大事件を「ブラック・スワン」と名付けたのはナシーム・ ニコラス・タレブ氏(51)だ。著述家でニューヨーク大学教授の同氏 の「The Black Swan:The Impact of theHighly Improbable(邦題:ブ ラック・スワン-不確実性とリスクの本質)」(Random House,2007)は 300万部以上を売り、最悪のシナリオに賭けるファンドの業界を活気付 かせた。

同氏の新著は格言集だ。「The Bed of Procrustes:Philosophical and Practical Aphorisms (邦題:ブラック・スワンの箴言)」(Random House, 2010)では「科学では、世界を理解する必要がある。事業では、 他者に世界を誤解させる必要がある」と書いている。

タレブ氏は2005年、著作に専念するため自身のブラック・スワン・ ファンドであるエンピリカを閉鎖した。喉頭がんの再発を心配してい たことも閉鎖の理由だったという。タレブ氏は著作のほかに、財界や 学界、政策担当者のグループを対象に講演もする。「金銭や金融には興 味がない」と同氏は言う。「今の状態に満足している。お金がいるわけ ではないし、金融は私のキャリアの付け足しであって中心にしようと は思わない。知識人としての影響力が十分に高いのに、金融に無駄な 時間を割く必要はない」と同氏は話している。

テールリスク

ブラック・スワン・ファンドは、統計的な分布のテールにあり発 生確率が低い事象に賭けるところからテールリスク・ファンドとも呼 ばれる。このようなファンドの資産は急増している。JPモルガン・ チェースのリポートによれば、08年の米リーマン・ブラザーズ・ホー ルディングス破綻の前には5億ドルだった資産は、今年4月には380 億ドルに達していた。

このようなファンドへの参入組で今のところの最大手が米パシフ ィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)だ。同社の モハメド・エラリアン最高経営責任者(CEO)は米国の成長率が長 期にわたってトレンドを下回ると予想し、運用資産1兆3000億ドルの PIMCOはさまざまなファンドで約300億ドルをテールリスク戦略 で運用している。

そのほか、パイン・リバー・キャピタル・マネジメント(米ミネ ソタ州ミネトンカ)は1億6000万ドル規模のニッスワ・テール・ヘッ ジ・マスター・ファンドを運用。36サウス・キャピタル・アドバイザ ーズ(ロンドン、運用資産3億3000万ドル)にもブラック・スワン・ ファンドがある。同社共同創業者のジェリー・ヘイワース氏によると、 同氏のブラック・スワン・ファンドの08年リターンは234%だった。

アウト・オブ・ザ・マネー

07年にユニバーサを開始する前、スピッツネーゲル氏はタレブ氏 のエンピリカでパートナー兼トップトレーダーだった。両氏は協力し てオプショントレーディング戦略を開発した。ユニバーサの顧客には カナダの公的年金運用機関CPPIBなどが含まれる。ユニバーサは 通常、S&P500種や商品、株式に連動するアウト・オブ・ザ・マネー (今すぐ権利行使しても利益の出ない状態)のコールオプション(買 う権利)やプットオプション(売る権利)を購入する。

例えば期間1年のS&P500種のプットオプションを購入する。指 数が行使価格を下回れば、オプションの価値が上昇する。ユニバーサ の社長兼最高投資責任者(CIO)のスピッツネーゲル氏は「私は本 質的にバリュー投資家だ」と話す。他の人は価値がないと考えるが実 は価値があるものに投資しているからだという。

ユニバーサは10年4月に、行使価格が1100で5月が期限のS& P500種のプットオプションを単位当たり2ドルで購入した。当時1200 前後で推移していたS&P500は、5月6日の暴落で一時1066に落ち 込み、ユニバーサは60ドル以上に値上がりしたオプションを売却した。 同日の米国株市場では20分の間に時価総額にして8620億ドルが失わ れた。ブルックス・ブラザーズのしまのポロシャツにデッキシューズ といういでたちの同氏は自身の夏の別荘から湾を挟んだ対岸のレスト ランで昼食を取りながら、「ほとんどいつも、愚か者のように見えるだ ろう。誰も欲しがらないものを持っているのだから」と語った。