ウォール街の操り人形から脱却へ-NY連銀総裁、地域社会に心開く

9月の静かなある朝の米ニュー ヨーク(NY)連銀本部。マンハッタンのダウンタウン、リバティー ストリートにある石灰岩と砂岩で作られた22階建ての本部ビルは鍛 鉄で装飾され、1913年の同中銀創設以来の秘密主義を象徴するよう な佇まいを見せていた。アーチ型天井に鉄製のシャンデリアが飾られ た1階には貨幣の歴史に関する展示室もある。

NY連銀のウィリアム・ダドリー総裁は10階の会議室で、ウォ ール街に迎合しそれ以外の人々を犠牲にする閉鎖的クラブとやゆされ る同中銀のイメージ刷新のための取り組みについて、革張りの椅子に 掛けながら説明してくれた。ブルームバーグ・マーケッツ誌11月号 が伝えた。

広報活動は苦手とされるNY連銀の伝統を破って異例のインタビ ューに応じた同総裁は、「多くの人々にとって連銀の行動はかなり不 可解であるため、地域社会に出て行き当局の行動の理由を広く説明す ることが重要だ」と語った。

NY連銀によれば、1996年から2005年までゴールドマン・サ ックス・グループの米国担当チーフエコノミストを務めたダドリー総 裁は、前任者9人の誰よりも多くの時間を管轄地区の人々との話し合 いに費やしている。クィーンズ地区などでの地元財界人の集まりでダ ドリー総裁が米連邦準備制度理事会(FRB)による先例のない景気 対策について話すと、鋭い質問を受けることがよくある。例えば、F RBが信用危機時にウォール街の救済で多額の税金を投じながら、な ぜ中小企業の融資確保を支援しなかったのか、FRBはどうして住宅 ローンの条件変更を銀行に強制していないのか、FRBが食品価格の 高騰を招いているのではないか、といった質問が次々に飛び出すとい う。

最大級の難題

ダドリー総裁(58)はインタビューで、人々が憤慨するのはよ く分かると述べ、「極めて不公平な状況になったからだ」と指摘。「バ ンカーや金融業者が常軌を逸した商品を開発し、じっくり考えもせず に販売して金融危機を招いた。その後、その金融機関が救済を受けた のに、人々は危機が原因で仕事を失った。全く不公平だ」と語った。

ダドリー総裁は歴代のNY連銀総裁が直面した中でも最大級の難 題に立ち向かっている。米財務長官に就任するため辞任したティモシ ー・ガイトナー前総裁の後任として金融危機の真っただ中の2009年 1月に指名されたダドリー総裁は、リーマン・ブラザーズ・ホールデ ィングスや世界経済を打ちのめした金融危機の再発防止を目指し、ゴ ールドマンやJPモルガン・チェースといった大手金融機関に対する 規制を策定中だ。

また連邦公開市場委員会(FOMC)の副議長として、ベン・バ ーナンキFRB議長に次ぐ金融政策への影響力を持つダドリー総裁は、 失業者増加につながりかねない景気の二番底を回避することにも取り 組んでいる。

政界からの攻撃

同連銀の経済諮問委員会の委員を務めるNY大学のマーク・ガー トラー教授(経済学)は「この仕事が極めて大きな責任を負うもので あり、多種多様な能力が求められることは疑いない」と述べ、「NY 連銀総裁は金融市場を監視するという追加的な責任を負っており、そ れには極めて深い知識が必要だ。仕事の難しさの面ではFRB議長に 次いで恐らく2番目、あるいは同等かもしれない」と話した。

ダドリー総裁は、自身やNY連銀に対する政界からの絶え間ない 攻撃も乗り切らねばならない。サンダース上院議員(無所属、バーモ ント州)は、NY連銀がウォール街との密接過ぎる関係から適切な仕 事をしていないと批判した。2010年アカデミー賞ドキュメンタリー 長編賞を受賞した映画「インサイド・ジョブ:世界不況の知られざる 真実」では、ダドリー総裁はゴールドマン出身者であることなどを理 由に、ウォール街の操り人形として描かれている。

さらに共和党は、FRB当局者が量的緩和第2弾(QE2)の実 施でインフレをあおったと厳しく非難。同党から大統領選挙への出馬 を表明しているテキサス州のペリー知事は8月、バーナンキ議長が追 加刺激策を打ち出せば「背信、あるいは反逆行為も同然だ」と述べた。

現実主義者を自称

ダドリー総裁は国民との関係修復や地域の状況を現場で視察する ことを使命とし、10年10月以降、管轄地区内の16の都市に足を運 んだ。「ビル」の呼び名で通る同総裁は、ブルックリン地区の教会で 牧師を務めた祖父を持ち、自身も同地区に6年間暮らした経緯がある だけに、地域社会に働き掛けるには適任だ。1986年にエコノミスト としてゴールドマンに入社した際の上司レオン・クーパーマン氏は同 総裁について、「素朴でのんびりとしたおおらかな性格で、我を張ら ず、生来、協調的な人物だ」と評している。

ピアポイント・セキュリティーズのチーフエコノミスト、スティ ーブン・スタンリー氏よると、ダドリー総裁はFOMCのメンバーの 中で最もハト派の1人で、インフレ対策よりも経済成長の促進を重視 している。ダドリー総裁はFRBによる2回の債券購入プログラムの 熱心な支持者で、経済に関してコメントする時にはインフレに大きな 重点を置かないとスタンリー氏は指摘する。同総裁はハト派という位 置付けを拒否し、自身を現実主義者と考えると語っている。

全ては背負えず

ダドリー総裁はバーナンキ議長の景気刺激策には全て賛成票を投 じている。少なくとも13年半ばまでの事実上のゼロ金利政策を維持 するとした8月9日のFOMCの決定と、借り入れコストの一層の低 減に向けてFRBの保有証券を長めの債券に入れ替える9月21日の 決定には、いずれも同じ顔触れの3人のメンバーが反対票を投じた。 FRBが矢継ぎ早に異例の対策を打ち出したものの、失業率は09年 4月以降、9%前後で高止まりしたままで効果が表れていない。

同総裁はFRBだけでは経済を立て直せないと言う。税制や歳出 をめぐるイデオロギー闘争でほとんど身動きできない状況にある議会 とオバマ政権は現在、大統領が表明した4470億ドル(約34兆 2000億円)の雇用対策を協議している。同総裁は「FRBだけの問 題ではないということを認識する必要がある」と述べ、こう付け加え た。「政府を構成する全ての関係組織・人員が一緒になって集団行動 で取り組まなければならない。われわれは支援することはできる。だ が、全てを担うことはできない」。