マクロ経済教科書に基づく日銀への誤解も-白井委員会見の一問一答

日本銀行の白井さゆり審議委員は 15日、ブルームバーグ・ニュースの単独インタビューに応じた。一問 一答は以下の通り。

――海外経済についてどうみるか。

「欧州と米国は景気の減速感がやや強まっている。先行きについ ても不確実性が非常に強いので注視していきたい」

「米国は住宅市場の低迷が長く続いている。その下で家計の住宅 ローンを中心とする借金が非常に大きい。最近、過去の実質国内総生 産(GDP)の改定が行われたが、そこで可処分所得も修正が行われ、 家計の借金の対可処分所得比が思ったよりも大きくなった。これは家 計のバランスシートの調整には時間が掛かることを意味している」

「そういう状況で借金を返済しているので、なかなか消費につな がらない。しかも、雇用が増えないし、雇用があっても賃金が伸び悩 んでいるので、なかなか消費の方に回らないという背景がある。全体 としてみると、米国経済は今年前半、成長はしているが、緩やかな回 復途上だった」

「今後は、原油価格がひところに比べれば比較的安定しているの で、この状態が続けば、家計の購買力にはプラスに効く面はあるが、 株価の動向やオバマ大統領が発表した景気対策の行方にも左右される。 したがって、緩やかに成長はすると思うが、下振れリスクはある」

「欧州は周辺国を中心とする財政問題という構造的な問題を抱え ている。周辺国は財政再建をやっている途上だが、なかなか市場の信 認が得られず、国債の金利が高騰している。その結果、金融機関の資 金調達コストが上がり、それが企業の資金調達コストの上昇につなが り、実体経済への影響も出かねない状況だ。また、増税、歳出カット は短期的に内需を押し下げる要因になっている」

「最近では、それが周辺国の問題にとどまらず、周辺国に多額の 投融資をしている欧州主要国の金融機関に対する懸念が高まっていて、 欧州全体で不安定な状況がみられる。今後も特に財政引き締めをやっ ている中で、景気回復をするのは非常に難しい。構造的な問題がある ので、しばらくは時間がかかる。欧州も景気減速感が強まっている」

――欧州のソブリン(財政赤字)問題が日本に与える影響は。

「為替・金融資本市場を通して、日本だけでなく世界に影響を及 ぼしている。投資家のリスク回避姿勢が非常に強まっており、安全資 産と言われる米国債や金、通貨ではスイス・フランや円が買われてい る。日銀は為替・金融資本市場の急激な変動が企業マインド、ひいて は経済活動に及ぼす影響を懸念し、8月に金融緩和の強化に踏み切っ た。先行きの不確実性は引き続き高いので注視していきたい」

――スイス国立銀行のスイス・フラン相場の上限設定と無制限介入を どう評価するか。

「他国の中央銀行の政策について具体的なコメントは差し控えた いが、スイス・フランも投資家のリスク回避姿勢が強まった中で安全 通貨として円と同様に買われてきた。先進国の通貨の中でも上昇ピッ チは非常に速かった。どの国も、その国の置かれた経済や金融環境、 周辺国との関係などの下で最適な政策を追求しており、そういう中で スイス国立銀行が採用した政策だとみている」

――日本経済の現状と先行きは。

「日本は大震災による供給面での制約が強く、大幅に生産、輸出 が影響を受けたが、非常に早く回復してきている。少なくとも鉱工業 生産をみれば7月の段階でほぼ震災前の水準に戻ったという状況だ。 まだ海外需要も堅調なので輸出は増えているし、設備投資も持ち直し、 消費も持ち直しており、企業マインドや消費者マインドも比較的回復 を示しているものが多い」

「今後は、サプライチェーンがほぼ回復してきた中で、このまま 堅調な海外需要が続き、しかも復興需要が本格化してくれば、緩やか な回復経路に復していくとみている。ただし、下振れリスクもある」

――現在、どの程度、追加緩和の必要性があると考えるか。

「日銀は8月に海外経済の不確実性や急激な為替円高の企業マイ ンドへの影響などさまざまなリスクを考慮してかなりの金融緩和の強 化を打ち出した。資産買い入れ等基金を10兆円増額したが、これは来 年末までをめどに行うので、今も一段の金融緩和を実施している途上 だ。その効果はこれからも表れてくる」

「さまざまなリスクを織り込んで8月に金融緩和の強化を打ち出 したが、今後も不確実性が高いので、それは注視していく。従って、 必要とあらば、今後も、あらゆる手段を考え、必要な対策を打ってい く」

――以下の追加緩和策についてどうみるか。①資産買い入れ等基金の 買い入れ対象国債の残存期間(1-2年以内)の長期化②補完当座預 金制度適用利率(0.1%)の引き下げ、③長期国債買い入れ額(月1.8 兆円)の増額④時間軸(消費者物価指数について前年比2%以下のプ ラス、中心1%の物価安定が展望できるまで実質ゼロ金利を継続)の さらなる強化⑤資産買い入れ等基金の買い入れ対象資産に外貨建て資 産を追加。

「個別の手段についてはコメントを控える。ただ、少なくとも私 自身は、同じ金融緩和と言ってもさまざまな手段があるが、いろいろ な手段に関して、これは絶対だめだと最初から切り捨てているものは ない。常にあらゆる選択肢、可能性はあり得るので、それに関しては 非常にオープンだ」

――資産買い入れ等基金の対象資産に外貨建て資産を加える可能性、 その是非について。

「一般論として、先ほど申し上げたように、世の中にはいろいろ な取り得る手段があるかもしれないし、今後も考え得るかもしれない。 あらゆる手段を常についてオープンに考えていきたい。ただ、大事な ことは、物価安定の下での持続的な経済成長であり、それは変わらな い。その下で取り得る政策を考えていく」

――与党内に求める声がある復興国債等の日銀直接引き受け、長期国 債買い入れ額の大幅な増額、日銀ルールの撤廃についてどう考えるか。

「一般論として、中央銀行が国債を引き受けるということは望ま しくない。日本を含め世界の多くの国で過去に経験してきた教訓があ るためだ。日本では財政法で原則禁止しているし、欧州連合(EU) ではEU条約で明確に引き受けを禁止している。他の先進国もそうだ し、主要な新興国も引き受けはしていない」

「現在、日本だけではなく、多くの先進国でそれぞれ特有の深刻 な問題を抱えているが、その状況にあって引き受けという言葉は出て きていない。日本でそうした声が出る背景には、日本経済を大震災か ら立ち直らせたい、成長させたいという気持ちがあると想像している が、その気持ち自体は日銀も全く同じだ」

「しかし、引き受けを行えば、一時的に財政は楽になるかもしれ ないが、財政規律が緩んだと思われるかもしれず、そうなれば長期金 利に影響してくる。現在、幸い国債を非常に円滑に発行できているが、 海外の投資家も日本の国債を買うような時代に、日本だけが歴史の教 訓を踏まえて形成された基本原則から逸脱することがどういう意味を 持つのか、国内だけでなく、世界的な視点で見ていく必要がある」

――日銀に対してさらなる金融緩和を求める声が止まないのはなぜか。

「今日は3点申し上げたい。1つは、さまざまな批判の中には明 らかな誤解に基づいているものがあるということだ。もう2つの点に ついては、日銀に対する理解がなかなか深まらないのは、マクロ経済 学の教科書に前提として書かれていることが、必ずしも現実には成立 していない可能性があることと関係している」

「まず、デフレ脱却できない背景には、日銀が十分にマネーの量 を供給していないという見解を聞く。しかし、金融緩和の程度をマネ ー量だけで測るのは適切ではない。なぜなら、資産買い入れ等基金を 通した資産買い入れの効果はマネーの量では測れないからだ」

「それはさて置いて、仮に量で見ても、今の日銀のマネーの量は かなり大きい。量を測る一番分かりやすい方法は、日銀券発行高と現 金通貨、それに日銀当座預金を合わせたマネタリーベースだ。国際的 な比較をするのであれば、名目GDPとの対比でみるのが適当だ。米 国は日本の3倍くらいの名目GDPの規模があるので、マネーの量が 大きいのは当然だ」

「マネタリーベースを名目GDPで割ったものをみると、現在、 日本は24.6%、米国は17.9%、欧州中央銀行(ECB)は11.5%だ。 今の米国の水準に到達したのは2002年だ。量であえて測るにしても、 今の日本の水準は相当大きい。量が足りないということはない」

「次に、日銀が他の先進国と比べても多種多様な政策を次から次 へと打ち出しているにもかかわらず、なぜ日銀に対する理解がなかな か深まらないかと言うと、少なくとも2つの理由があると思う。1つ は、一般的なマクロ経済の教科書では、いわゆる金融政策というとき に、前提となっている考えとして、中央銀行が当座預金を自由に操作 できるという見方があることだ」

「ところが実際に実務上よく見てみると、当座預金は財政も含め てさまざまな要因で変動する。例えば、日銀は大震災後直ちに即日オ ペを実施し、大量に資金供給を行った結果、震災前は17兆円前後だっ た当座預金残高は3月末には42.6兆円と過去最大規模に達した。当座 預金残高は現在30兆円前後で、42.6兆円から減っていることを受け て、日銀は金融を引き締めているという批判がある」

「これは間違いだ。なぜ42.6兆円まで増えたかといえば、震災が あって金融市場が不安定化する恐れがあったため、企業や金融機関の 予備的な資金需要が非常に高まった。日銀はそれに合わせて資金供給 オペを行ったので、当座預金残高が増えた。その後減っているのは、 市場に安心感が出てきて資金需要が減少したからだ」

「日銀が常に潤沢に資金供給を行っている下で、予備的に資金を 抱えなくても大丈夫だと金融機関が考えたから、当座預金残高が減っ てきている。日銀が金融緩和の姿勢を何ら変えていなくても、当座預 金残高が減っているのが現実で、むしろ減っていることは、不安感が なくなったという意味でプラス材料ととらえることもできる」

「重要な点は、札割れという現象が頻発していることだ。札割れ は、日銀が資金供給オペでこれだけの資金を出すと通知を出した金額 に対し、金融機関が応募してくる金額が満たない状態だ。札割れが頻 発していること自体が、日銀が金融緩和をずっと継続していることの 証拠だ。日銀当座預金の残高の減少をもって、金融緩和が足りないと いう主張は明らかに誤解だ」

「もう一つは、やはりマクロ経済学の教科書に書かれている前提 に関わっている。教科書では、中央銀行がマネタリーベースを増やす と、それが直ちに貸し出しが増え、マネーストックが増えていくこと が前提になっている。ところが、日本だけでなく、一部の主要国でも 同様に、中央銀行がマネタリーベースを増やしても、なかなか貸し出 しが増えないという現象が起きている」

「その背景はそれぞれ異なる。日本以外の先進国では、バランス シートの問題がある。日本は1990年代の半ばに銀行の不良債権問題を 経験し、2000年代の初めころまで金融システムが非常に不安定化した が、現在、金融システムは極めて健全だ。それにもかかわらず資金需 要が増えないのは、他の先進国の問題とは異なり、デフレの構造的な 問題そのもので、それは経済成長が期待できないということだ」

「企業経営者と話しても明らかだが、資金需要が増えないのは、 長い目で見てこの先良くなるとは思えないからだ。企業からみれば、 この先良くなると思わなければ工場は作らない。設備投資を増やさな い。海外は堅調なので、海外向けの設備投資を増やしたり、今持って いる設備や工場の補修・改修はやるが、それ以上に増やすということ は、明日が良くなると思わなければできない」

「われわれ個人の家計をみても、収入が伸びない、この先が非常 に不安定で、社会保障等を含めて今後の見通しが非常に不安定なため、 消費をせずに可能なだけ貯蓄をしようとする。こういう状況が起きて いるときに、いくら中央銀行が強力な金融緩和を継続していても、お 金は回っていかない」

「これはあまり教科書には書かれていない。日銀はデフレの構造 的な問題を非常に心配しているし、これからも強力な金融緩和を推進 していく。しかし、その強力な金融緩和の効果をどうやれば高められ るかといえば、そこは同時に、国民が明日の社会が良くなると思える ような対策が必要だ」

「潜在成長率が落ちている1つの原因は、少子高齢化、労働人口 の減少であり、それに見合うだけの構造改革、経済構造の転換を進め てこなかったことがある。人口減少が起きているので、GDPそれ自 体のパイを増やすということではなく、GDPを人口で割った1人当 たりの所得を増やしていくことができれば、明日が良くなるという気 持ちを国民皆が持てるようになる」

「日本の賃金は新興諸国と比べても高い。その賃金をさらに増や していくためには、それに見合うだけの労働生産性の伸びが必要だ。 それを可能にするのは、これから成長が見込まれる分野、たとえば医 療や医薬品、エネルギーや環境といった分野で質の高いものを作って いくことであり、そうすれば高い値段でも顧客に買ってもらうことは 可能だ。そういったところに資源を集中することが大事だ」

「労働人口が減少しているのは明らかなので、それを補うため女 性や高齢者が働きやすい環境を整備していくことも大切だし、企業が 日本で営業展開をしやすい環境を整備していくことも大事だ。こうい ったさまざまな政策が同時に実施されれば、われわれが推進している 強力な金融政策はもっと効果が出てくるし、今挙げた3つの点がもう 少し理解されれば、日銀に対する理解も深まってくると思う」

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