王座譲ったトヨタ:「プリウス」に託す復活-震災日本からの旅立ち

東日本大震災の約2週間後。国内 ライバルが部品調達難でほぼ全工場の操業を見合わせる中、トヨタ自 動車はハイブリッド車「プリウス」の生産再開に踏み切った。リーマ ンショックや大量リコール(無料の回収・修理)に続いて襲った危機 に対し、トヨタは切り札を武器に立ち上がった。

新美篤志副社長はプリウスが「お客様が一番望んでいる車だった」 といい、「在庫を使ってできるところまでやってみよう」と考えたとい う。震災で被災した部品メーカーは650社。早速、仕入先に在庫部品 を確認して「3割稼働で秋まではいける」と判断した。

プリウスは1997年発売で世界販売は累計230万台。日本では09 年5月の新型車投入後、車名別販売で首位の常連だ。米国では99年以 降に販売したハイブリッド車うち6割強がプリウス。米国トヨタ自動 車販売のジム・レンツ社長は「80年代にトヨタといえばカローラだっ たが、これからはプリウスの時代」という。震災からの復活もまずこ のプリウスが主役となった。

かつて米フォード・モーターのアラン・ムラーリー最高経営責任 者(CEO)が「世界最高の生産システム」とたたえたトヨタ。しか し、リーマンショックやリコール騒動などで競争力は落ち始めていた。 自動車の世界販売ランキングで、10年はトヨタグループが首位を死守 したが、今年1-6月はトップを米ゼネラル モーターズ(GM)が奪 回、トヨタは独フォルクスワーゲン(VW)に次ぐ3位に甘んじた。

そこを襲った大震災。トヨタはこの逆境を新たな成長につなげら れるかどうかが正念場だ。その姿は、バブル経済崩壊以降、新たなラ イバルの中国や韓国などに追い上げられ、経済成長のシナリオを模索 する日本の姿と重なり合う。

ピンを地図に刺して

3月11日。トヨタはどう対応したのか。新美氏がインタビューで その模様を明かした。地震から5分後には生産管理部門に災害対策会 議を立ち上げ、衛星電話を装備した20人の社員が電源車で被災地に向 かった。宮城県には車両を生産するセントラル自動車の工場がある。 3日後には現地とテレビ会議システムがつながった。

工場に大きな被害はなかったが、部品メーカーの情報がなかった。 特に一次サプライヤーに部品を供給する二次以下のメーカーを把握し 切れていなかった。社名をインターネットで調べ工場の位置を確認し、 ピンを地図に刺していった。

調達難部品が1260品目と分かった段階で、新美氏は200万台規模 で生産に影響が出ると覚悟した。阪神淡路大震災の14社、30品目に 比べると桁違いだ。社員が2人1組で200カ所の仕入れ先を訪ねて飲 料水などの見舞品を配り、手伝えることがないか尋ねた。

調達困難な部品は3月中旬に約500品目に減り、6月には約30 品目になった。新美氏は「仕入先も含め自発的に動く」様子を見て、 現場の力を再認識したという。8月初旬にはそれまで10月ごろと想定 していた生産の挽回時期を9月に早め、生産への影響も約15万台、 1600億円程度に抑えられる見通しが立った。

新型カムリ

想定より早く生産体制が戻りつつあるトヨタが、プリウスと並ん で期待をかけるのが日米で今夏投入した新型セダン「カムリ」だ。開 発担当の岡根幸宏チーフ・エンジニアによると、震災の影響で12年に ずれ込む可能性も考えたが、6月半ばになって予定通りに発売できる めどが立ったという。

カムリは米国で10年まで9年連続で乗用車販売ランキング首位 の人気車種。新美氏は新モデルについて「抜群の操縦性」と自信を示 す。今後、「カムリを皮切りにプリウスシリーズを出していく」予定で 今年から12年前半にかけワゴンタイプの「プリウスv」や、より低価 格の「プリウスc」を米国に投入する。

自動車販売・価格情報サイト、米トゥルーカー・ドットコムのア ナリスト、ジェシー・トプラック氏は、トヨタの優位性は燃費のいい ハイブリッド車にあると指摘。「最も多くのハイブリッド車種を持つト ヨタは差別化に成功している」と述べ、「プリウスシリーズが拡充すれ ば販売も増える。ガソリン価格が上昇すればなおさらだ」という。

円高

行く手には課題も多い。最近の急激な円高は輸出企業であるトヨ タに痛手だ。09年9月1日に1ドル=93円前後だった為替は、今夏に 戦後最高水準の円高となり、足元も77円台で推移している。

トヨタの11年の世界生産計画770万台のうち国内が310万台で、 国内生産比率は40%。日産自動車の25%やホンダの26%と比べて高 い。豊田章男社長は国内300万台の生産体制の維持を強調しているが、 1円の円高で営業利益に340億円のマイナスとなるのが現実。

経済産業省の大企業製造業61社を対象に実施した調査によると、 1ドル=76円の為替レートが半年以上継続すると、46%が生産工場や 研究開発施設を海外移転するという結果が出た。トヨタの小澤哲副社 長は5月、「CFO(最高財務責任者)として、いつまで日本のものづ くりを続けるのか、すでに限界を超えている」と述べた。

日本を横目に海外勢は確実に力を付ける

逆風は為替相場だけではない。日本は、80年代後半のバブル経済 崩壊で株価や不動産価格が急落、90年代は不良債権処理に追われてき た。いまだにデフレから脱却仕切れていない。一方で、少子高齢化が 進み、年功序列や終身雇用という長年の賃金制度・労働慣行も大きく 揺らぎ、新しい成長モデルを見いだせていない。そうした日本を横目 に海外勢は確実に力を付けている。

エレクトロニクス業界では、世界のトップランナーだった日本勢 が競争力を失いつつある。かつてウォークマンなどの革新的な商品を 送り出してきたソニーは、テレビで韓国サムスン電子、スマートフォ ン(多機能携帯端末)や携帯音楽プレーヤーなどで米アップルの後塵 (じん)を拝している。

液晶パネルを製造するシャープの町田勝彦会長は7月、製造業が 抱える障壁は為替、法人税、環境・雇用の規制など数えれば切りがな いと指摘した。米会計事務所KPMGインターナショナルの10年の調 査によると、日本の法人税は41%に対し、中国が25%、韓国は24%。

電力不足も製造業に痛手

東京電力福島第一原子力発電所の事故を契機に、大口需要家は前 年比15%の節電を求められた。シャープの町田会長は電力不足で「日 本でものをつくることが不可能になっていくのは間違いない」と指摘。 三井金属鉱業は6月、東電の計画停電で生産に影響があり、生産拠点 を一部、マレーシアに移管すると発表している。

自動車市場も大きく変わった。トヨタが営業利益の約6割を稼ぐ 北米ではGM、フォードなど米メーカーが勢いを取り戻し、現代(ヒ ュンダイ)自動車など韓国勢の台頭も著しい。

富国生命投資顧問の桜井祐記社長は、日本の製造業は高品質で低 価格の製品提供に長けているが、韓国や中国企業の成長でその優位性 が曖昧になっているという。米国では、カムリの販売が昨年、前年比

8.1%減、今年上期は前年同期比4.4%減だったのに対し、現代自の競 合車種「ソナタ」は昨年が同64%増、今年上期で同29%増だった。

新興国含め世界展開が鍵

日本の経済は震災直後の大混乱から順調に立ち直りつつあるよう にみえる。日産自動車やホンダも部品供給の制約は当初想定より早期 に改善してきている。被災地の復興・復旧はまだこれからだが、日本 銀行は実質国内総生産(GDP)成長率が復興需要などで、今年度の

0.4%から来年度2.9%に伸びると予想している。

こうした中、トヨタグループは12年の生産計画を890万台とする 方針を仕入先説明会で示した。来年は約11%の伸びを見込んでいる。 日銀が見込む日本の潜在成長率は「ゼロ%半ば」で、トヨタが成長す るには、米国を抜き世界最大市場となった中国で販売を拡大するか、 ライバルからシェアを奪っていく必要がある。

トヨタの伊地知隆彦専務は8月初旬の会見で「米国は新興国に勝 るとも劣らない市場」と述べ、米市場が柱の一つという位置付けを変 えていない。富国生命投資顧問の桜井社長は、トヨタの成功の鍵は、 今後どれだけ新興国を含め世界展開ができるかがを握ると指摘する。 投資家はトヨタが一つの市場に依存するのを望まないという。

トヨタは北米で12年から小型スポーツ多目的車(SUV)「RA V4」の電気自動車、富士重工業と共同開発の後輪駆動「サイオンF R-Sクーペ」、電気自動車の「サイオンiQ」、プリウスの小型車な ど新車投入を加速する。北米トヨタの稲葉良睨会長は「12年半ばごろ、 批評家たちが何というか聞いてみたい。13年はさらに良くなるはずだ」 と自信を示した。

かつての準大手が強力なライバルに

自動車業界調査会社、米オートパシフィックのディレクター、エ ド・キム氏は、トヨタが失った市場シェアを取り戻すのは難しいとみ る。「かつては準大手でしかなかった現代自が、今や主力車種の分野で 直接戦いを挑んでいる」と指摘。「トヨタが販売好調だった07年水準 に戻すには、現代自の状況も当時に戻す必要がある」という。

調査会社IHSオートモーティブの予想によると、米市場でトヨ タのシェアは07年の16.2%が今年約13%に落ちる。16年には14.2% に伸びるが、07年水準に届かない。現代自は07年の4.8%から16年 に8.9%へ拡大する。世界市場でも、今年9.7%のトヨタは16年に

10.2%に拡大するだが、07年の12.8%には及ばない。

IHSオートモーティブの西本真敏アナリストは「トヨタは今、 転機を迎えている」とみる。トヨタを支えるのは「ロイヤルカスタ マー」と呼ばれる古くからの顧客という。09年の危機から続いたシ ェア縮小傾向はいったん止まり、今後は巻き返しに向かう見込みだ が、既存顧客を維持できても新規顧客を取り込めるかが課題とみて いる。

--取材協力:Alan Ohnsman、向井安奈、堀江政嗣、安真理子、鈴木偉 知郎 Editor:Hideki Asai、Takeshi Awaji

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