【書評】リーマンの元トレーダー、自殺失敗と錯乱の日々つづる回想録

米リーマン・ブラザーズ・ホール ディングス破綻前のある憂鬱(ゆううつ)な夜、ジャレッド・ディリア ン氏は酒に酔い、錯乱して叫んでいた。飼い猫を胸に抱き、手元にあっ た唯一の薬、睡眠補助薬の「タイレノールPM」のボトルを半分飲ん だ。

「私はちゃんと自殺することさえできなかった」。ディリアン氏は ありのままに事実を描いた心がかき乱されるような回想録“Street Freak: Money and Madness at Lehman Brothers.”(仮訳「ス トリートフリーク:リーマン・ブラザーズでの金と狂気」)の中で怒 りを込めてこう書いている。

ディリアン氏の苦悩の原因はリーマンの破綻ではない。破綻劇は約 6年後に起こった。絶望は市場に関するもっと一般的で腐敗的な現象を 反映している。同氏の仕事だった指数裁定取引はコンピュータープログ ラムによって自動化された。

金融に関するニュースレター、デイリー・ダートナップの読者にと ってはおなじみの自嘲気味な口調で「悪魔のような指数裁定取引ロボッ トが私に取って代わってしまった」とディリアン氏は嘆く。

歴代のデスクで働く多くの戦士たちと同様に、ディリアン氏はトレ ーディングが残酷な戦いであり、全ての戦士が使い捨てであるというこ とを学んだ。自分を哀れんでも仕方がない。利益を上げる新たな方法を 見いだすしかなかった。「ストリートフリーク」は生き残りと成功を懸 けた戦いの記録だ。

テロリストの襲撃

この著書は、トレーダーになる夢をかなえるために米沿岸警備隊を 辞職した哀れな若者の極めて個人的な日誌だ。世界貿易センタービル (WTC)へのテロリストによる襲撃やリーマンの連邦破産法11条に 基づく会社更生手続きの適用申請など、リーマン破綻前の数年間を描い ているが、重点は終始、日々の取引をめぐるディリアン氏の葛藤に置か れている。同氏はトレーディングについて、人間の本性の最悪の部分を あぶり出すと指摘し、正気を脅かし得ると述べている。

店頭取引にのめり込んだ後、程なくディリアン氏は自己勘定取引を 選好するようになり、先物投資を始めた。気分が荒れていたある午後、 仕事に戻ってすぐに、売買をしながら悪態をつき、揚げ句、デスクの電 話を投げ付けて粉々に壊してしまった。トレーディングフロアでは賛同 のわめき声が上がり、「皆立ち上がり、熱気のこもった喝采が長い間続 いた」と振り返っている。

ディリアン氏はリーマンで新兵から上場投資信託(ETF)のヘッ ドトレーダーへと昇進した。

「ロックスターになるためにトレーディングの世界に入った。実際 は金融市場の水槽を掃除するカタツムリのうちの1匹だった」と回想す る。

ディリアン氏はリーマンの元最高経営責任者(CEO)、リチャー ド・ファルド氏が「クラブ31」と呼ばれた31階のオフィスでどのよう な構想を練っているかについては特別な知識を持ち合わせていなかっ た。リーマンの不動産関連のポートフォリオが「完全にポルノのよう に」なってしまっていたことには気付かなかったと書いている。ファル ド氏については2008年9月に珍しくトレーディングフロアを訪れ、空 売りしている従業員をしかりつけたことがあったと振り返っている。

「悪性の全知」

ディリアン氏の「カタツムリとしての視点」はこの著書を、ローレ ンス・マクドナルド氏の「金融大狂乱-リーマン・ブラザーズはなぜ暴 走したのか」などリーマンに関してこれまで出版された著書と比較する 上で貴重な特色になっている。即座の判断の必要性やくだらない冗談を 言い合う場面などを盛り込むことにより、トレーディングルームの内部 から市場関係者がどう感じているかを捉えている。

市場は「悪性の全知」をはらんでいるとディリアン氏は言う。

このような環境では一般的な行動規範は崩れ去る。ディリアン氏に よれば、ウォール街では間抜け、あるいはさらに悪い呼び方をしても人 を怒らせることはない。なぜなら、その間抜けたちが多額の利益を上げ る場合が多いからだ。本当の侮辱は誰かを悪いトレーダーと呼ぶこと だ。

「その人物について何か根本的に間違った部分があるとほのめかす ことになる」。つまり、「不向きで弱く、最悪なのはくだらない敗者で あるということだ」。

無遠慮だが時に痛快な記述から判断して、ディリアン氏は良いトレ ーダーだったのだろう。ただ、この人物は精神的に非常に不安定な印象 を受けるので、リーマンがなぜ彼が受付を通過するのを許可し、まして 数十億ドル規模の取引を任せたのか不思議に思うかもしれない。(ジェ ームズ・プレスリー)

(プレスリー氏はブルームバーグ・ニュースの芸術・娯楽部門で 記事を執筆しています。この書評の内容は同氏自身の見解です)