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巨額原発マネーに住民が孤高の抵抗-マグロの街に見る立地策の縮図

小笠原厚子さんの一家は、青森県 大間町で20年もの間、2億円にも上る土地売却の申し入れを拒否し、 原子力発電所の建設に反対してきた。その結果、2014年に営業運転開 始予定の大間原発は、フェンスで囲まれた小笠原さんの家の目と鼻の 先に建てられることになった。

小笠原さん一家の抵抗は、1960年代後半以来日本のエネルギー政 策の柱である原子力産業に反対すれば、どれほどの苦難に見舞われる かを端的に示す。小笠原さん(56)の母親は、地元の関係者や近所の 人から土地売却の圧力をかける手紙が送りつけられるなど、様々な嫌 がらせを受けたほか、知らない男たちに後をつけられ、一家の漁船を 壊してやるなどの脅迫電話を受けたこともあったと小笠原さんは話す。

小笠原さんは今月、大間町の自宅リビングでインタビューに応じ た。壁には捕獲したばかりのマグロを持った母親の写真が飾られてい る。「母は電話に出るのが嫌だと言っていた。しつこいぐらいだったん でしょうね」。母親は06年に死去。広島の原爆で放射能の危険性を知 った世代であり、金に心を動かされることはなかったという。

小笠原さんは、原発の建設予定地に土地を所有していた176世帯 の中で、反対を貫く最後の住人となった。本州北端にある人口6300 人の大間町は、Jパワーにとって最初となる原発の建設地だ。他の住 人は交付金と引き換えに建設に賛成した。その総額は原発建設が提案 されてからの29年間で110億円にも上る。

Jパワーの広報担当の本田正人氏は電話インタビューで、土地買 収を申し入れたが、小笠原さんの母親に圧力をかけたことはなかった と語った。金額については「お教えできない」と述べた。

周りは原発敷地

Jパワーの敷地に囲まれた小笠原家の平屋建てログハウスは、日 本の反原発運動の中心となり、支持者から手紙が届いたり訪問を受け たりすることもある。支持者の1人は6月1日にジャーナリストを伴 い、東京から車で9時間かけて同家を訪れた。小笠原さんによれば、 同家があるため、Jパワーは原子炉を250メートル移動させなければ ならなかった。Jパワーは約300メートル離れており、政府の原子炉 立地審査指針にある基準を満たしていると説明する。

反原発運動は、近年では法廷闘争が中心になっていたが、東京電 力福島第一原発で3つの原子炉がメルトダウンする事故が起きて以来、 街頭にも広がりを見せている。原発計画では、大間原発は福島の事故 以来、最初に新規稼働する原発となる。

クロマグロ

家の外では、小笠原さんの家につながる私道の先で警備員が訪問 者をチェックしている。小笠原さんは「今回の福島は人災。建てなけれ ばああいう事故は起こらない」と指摘、「原発に頼らない生活や電力を 考え直す絶好の機会」だと語る。

大間町を車で回ると、経済が疲弊した地域という、原発の建設予 定地に選定される特有の要件を備えていることがわかる。大間は人口 が減少し、高齢化も進んでいたと町の関係者は言う。

大間が他の地域と一線を画しているのは、大きいもので555キロ もある太平洋クロマグロを一本釣りするマグロ漁だ。大間のマグロは 1月に築地市場で3250万円の値を付けた。

大間漁業協同組合の濱端廣文代表理事組合長(69)は、漁業が重 要なため、原発用地の買収は困難を極めたと振り返った。最初は770 人の組合員の意見は割れていた。だが、一人当たり約1000万円の補償 金を受け取ると、約99%が賛成に回ったという。

「心配はある。まさかこういう事故が起きると誰も思わなかった だろうから」。濱端氏はこう語る。息子が電力業界に職を得たため、3 世代続いたマグロ漁師も濱端氏で途絶えることになる。

大間町商工会の松山善文会長(66)は、「発電所は人をたくさん使 う。ここにはそれ以外何もない」と指摘する。原発がもっと早くできて いれば「変わっていただろう。もっと良くなっていたと思う」と話し た。

原発マネーファシズム

松山会長の言葉は、日本中の地方の声を代弁するものだ。その一 方で、日本政府は1973年の石油ショック以降の電力不足に対応するた め原発推進を加速した。

世界最多の原発立地県である福井県。同県小浜市は72年に原発建 設を拒否、関西電力はそのため近隣のおおい町に4700メガワットの原 発を建設せざるをえなくなった。

小浜市で811年の歴史を持つ明通寺の中嶌哲演住職は関電の原発 設置に反対した一人。原発交付金で地方を説き伏せる手法を同住職は 「原発マネーファシズム」と呼び、交付金は原発建設のえさとしてこ れまで使われてきたと語った。

金銭的恩恵

元大間町長の浅見恒吉氏は電話インタビューで、小笠原さんの母 親を説得するために手紙を出したことを認めた。「この町は財政規模か らいくと、老人の福祉施設を作ったり病院を新しくしたり、それなり に地域のためになっているのでは」と話す。

青森県エネルギー総合対策局原子力立地対策課の荒関浩巳・地域 振興グループマネジャーは、「大型のハコモノとかそういうものは一次 凍結という方針が打ち出された中で、電源三法の交付金があるという ことはありがたいのではないか。財政健全化の途上にあって、こうい う財源があればいろんな事業がやっていけるということは、意味合い としては一定の重みがある」と述べた。

福島第一原発が3月11日に地震と津波に襲われた時、青森県の自 治体関係者の間に不安が広がった。大間町役場の伊藤健一企画経営課 長によると、電源三法の交付金は大間町の予算の2割を占める。

福島で原発事故が起こるまで、日本は2030年までに原発14基を 新設する計画だった。菅直人首相は方針の見直しを指示し、津波対策 が改善されるまで浜岡原発の停止を要請した。大間原発の建設も中断 された。Jパワーはそれでも14年に営業運転を開始する計画は変えて いない。

津波

大間町商工会の松山会長は、福島の事故があっても「原発反対で はない。とにかく早く進めてほしい」と語る。

だが、原発でメルトダウンが起これば最初に被害を受ける小笠原 さんは、納得していない。小笠原さんは原発の電力を使わなくて済む よう太陽光発電パネルを家に設置した。皮肉なことに、震災で大間町 が停電した際、家族や友人が小笠原さんの家に携帯電話の充電をしに やって来た。

小笠原さんは話す。「安全で安心で人が側にいてもやっていける原 発なら、東京のど真ん中に建ててください。東京のど真ん中に建てて、 東京の人たちの話を聞いてそれでもいいっていうのであれば、私は納 得してここに安心して住めます」。

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