【経済コラム】次期ECB総裁、引き受けるのは狂気の沙汰-Mリン

そのポストに就任すれば、素晴ら しいオフィスと権威ある肩書が手に入る。恐らく、経費も気前よく認 められるだろう。退職後は、米ゴールドマン・サックス・グループか ら利潤の厚いコンサルティング業務を任されるかもしれない。

そうは言っても、今年10月に退任するトリシェ欧州中央銀行(E CB)総裁の後任に就くのは狂気の沙汰に近いだろう。それは最悪の 仕事だ。ユーロ危機は悪化の方向にある。次期総裁は無茶な要求を突 き付けられることになり、独立性は有名無実となろう。金融史上最大 の失敗の一つに挙げられる局面で中心的役割を果たした人物として記 憶される可能性だってある。将来が嘱望できるとは到底言えない。

ドイツ連邦銀行(中央銀行)のウェーバー総裁が今月に入って、 同職を突然辞任する意向を明らかにしたことで、トリシェ総裁の後任 として期待されていた人物が候補者リストから外れた。候補者レース は現在、本命不在の状況だ。

複数のブックメーカー(賭け屋)によると、イタリア銀行(中央 銀行)のドラギ総裁が現在のところ最有力視されている。フィンラン ド中銀のリイカネン総裁がオッズ(賭け率)2対1で2位、ルクセン ブルク中銀のメルシュ総裁とオランダ中銀のウェリンク総裁がそれに 続く。中銀総裁以外では、ドイツ人で欧州金融安定ファシリティー(E FSF)のクラウス・レグリング最高経営責任者(CEO)がオッズ 20対1。さらにフランス人で、サルコジ仏大統領の経済顧問を務める グザビエ・ミュスカ氏の名前も取り沙汰されている。

ユーロ混迷

ただ、どんな職業であっても間違いなくECB総裁よりはましだ ろう。たとえばギリシャ財務相やメキシコ湾岸地域での英石油会社B Pの広報担当だって、ECBを率いてユーロの混迷収拾を図るよりは 良い仕事ではないだろうか。

その理由はこうだ。第一に、ユーロ危機には濃淡があるが、ユー ロ圏17カ国にとって真の意味での解決策は格差是正である。ただ、収 れんの兆しは見られない。ドイツ経済は活況を呈し、周辺国はリセッ ション(景気後退)に苦しむ。ドイツ政府によると、同国は今年2.3% の成長が見込まれる。ギリシャが2010年10-12月(第4四半期)に 前期比1.4%、前年同期比6.6%のそれぞれマイナス成長に陥ったのと は対照的だ。

ユーロ圏内でドイツと景気悪化に苦しむ他の国々との成長率格差 は現在、9ポイントに接近しつつある。格差は拡大しつつあり、従っ て危機が一段と深刻化していることを意味する。

高まるインフレ

第二に、次期ECB総裁は無茶な要求を突き付けられることにな る。ECBはインフレ率の上限を2%と見なし、抑制することが職務 だが、1月のユーロ圏インフレ率は既に2.4%だ。ハンブルク国際経 済研究所(HWWI)のトマス・シュトラウプハール所長は、ドイツ のインフレ率が12年末までに4%に達すると予測。インフレ圧力は至 る所で高まりつつあり、ある時点でECBは行動に出ざるを得ない。

その場合、既に景気悪化に苦しむユーロ諸国は一段と厳しい不況 に陥ることになる。直近の1年間で6%を上回るマイナス成長に落ち 込んでいる国は、利上げによってどうなるか。それと比較すれば、1931 年のケースはまだましだったと思えるような本格的恐慌をもたらすこ とになる。アテネとダブリンでは怒った市民が次期ECB総裁の人形 を焼くことになろう。次期ECB総裁は物価の安定を維持できず、周 辺国を支援することになる。しかし、それこそが、次期ECB総裁に 求められる仕事なのだ。

危うい独立性

第三に、ECBの独立性は危うくなりつつある。ユーロ圏諸国の 首脳たちは今後も統一通貨を守ることに奔走する。この問題に過度に 資金をつぎ込んできているため、失敗はできない。支援策として十数 件の計画と数兆ユーロの資金を用意する意向だ。そうした過程でEC Bが独立性を維持する可能性はゼロだ。

次期ECB総裁はユーロ維持に向け紙幣増刷が必要なら、輪転機 のスイッチを入れなければならない。経営破たんした銀行を救済する 必要があれば、ユーロ資金を入手可能にしなければならない。政策金 利を引き下げてインフレを容認する必要があれば、物価安定という職 務に目をつぶる必要がある。次期ECB総裁はとどのつまり、それが 経済理論に照らして理屈に合っているかどうかは抜きにして、ドイツ とフランスの政治家からの指示通りに行動しなければならなくなる。

第四に、次期ECB総裁は在任期間中にユーロ加盟国の編成が変 わる事態に遭遇するだろう。総裁任期は8年で、誰が就任しようとも 19年までとなる。それだけの長期間、1カ国あるいはそれ以上の国の 離脱がなく、統一通貨ユーロが存続するとは考えにくい。システム内 の圧力は極めて大きく、封じ込めは困難だ。金融史上最大の失敗の一 つに数えられる政策を率いた総裁として記憶されることを、一体誰が 望むだろう。

当事者たちは恐らく後任を探し出すだろう。出世を望む人間はい つの時代にもいるものだ。しかし、ウェーバー総裁こそまさにECB が必要とする候補者だった。同総裁がレースから離脱した今、他の候 補者たちは、職務説明書を綿密に検討しているところだ。 (マシュー・リン)

(マシュー・リン氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニス トです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

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