「ミスター・サバイバル」、母なるロシアの大地から強気の賭けに出る

1月の日曜の午後。ロシアの 富豪オレグ・デリパスカ氏は、メドベージェフ大統領やプーチン 首相らも居を構えるモスクワ郊外の高級住宅地の広大な豪邸から 出かける用意をしていた。息子のピョートル君(9歳)と娘のマ ルシアちゃん(7歳)が走り寄ってきて父にあいさつし、長い廊 下をうれしそうに走って行った。

夫人で英誌「ハロー」のロシア語版発行人のポリーナさんは、 ロシア正教の新年の祝賀パーティーの招待客を迎える用意をして いる。世界最大のアルミメーカー、UCルサールを率いるデリパ スカ氏(43)は自宅で初めてインタビューで応じた。邸宅は高さ 4メートルのレンガ塀で囲まれ、筋骨たくましい警備員がパトロ ールする。プールのほか、朝のヨガで使うスタジオもある。敷地 内には種馬も含めて馬7頭と犬6匹が暮らす。ブルームバーグ・ マーケッツ誌4月号が報じた。

巨大アルミ企業帝国ルサールを率いるデリパスカ氏は2008年 後半に金融危機で大打撃を受けてロシア一の富豪の座から陥落し て以来、この大邸宅で過ごせる時間は比較的少なくなった。ルサ ールは強気相場での相次ぐ買収攻勢で債務が170億ドル(約1兆 4100億円)に膨張し、担保資産価値の急落で返済に苦戦した。

作戦指令室

対応を迫られたデリパスカ氏はモスクワにあるルサールの本 社に作戦指令室を設置。24時間態勢で1年間にわたり銀行70行余 りと債務に関して協議を重ね、09年12月に合意を取りまとめた。

再起を果たしたデリパスカ氏は現在、ルサールの47.4%を所 有している。そのルサールはロシア最大の鉱山会社ノリリスク・ ニッケルの25%を保有する。このノリリスク株保有によってデリ パスカ氏はロシア史上最大の企業バトルの渦中に身を置くことに なった。ノリリスクは2月、経営権の争奪戦に終止符を打つため ルサールに対し同社保有の20%の株式を128億ドルで買い戻す案 を提示した。

大学で物理学を専攻し、旧ソ連軍で兵役に就いた経歴も持つ デリパスカ氏は、ソ連崩壊後の激しい利権争いを深い学識と処世 術で勝ち抜いた。今やロシア屈指の資産家であり、過去最大級の 商品ブームで財産を築いて失い、そして再び取り戻した経験を持 つ。01年から上昇し始めた金属や食料などの商品価格は07年に最 高値を付けた後、金融危機で急落したが、ここにきて再び高騰し ている。2月18日までの1年間にアルミ価格は20%、ニッケル価 格は41%、パラジウムは94%それぞれ値上がりした。

富の移転

ドイツ銀行の商品調査責任者、マイケル・ルイス氏(ロンド ン在勤)は「01年以降、中国から商品に対する巨大な需要がある」 と述べ、「先進国から新興市場への大規模な富の移転が見られる」 と指摘した。

デリパスカ氏は依然としてアルミ需要に断然強気だ。「産業界 全体がアジアに感謝すべきだ」と話す同氏は「より積極的に経済 活動に参加してきそうな人の数は30億人に上る。中国人とインド 人、中南米人、アフリカ人は一層多くのインフラや設備、新工場 を求めるだろう」とみる。

同氏は10年1月にルサール株を香港証券取引所に上場させ、 22億4000億ドルを調達した。今月21日時点の時価総額は256億 ドル。同社の香港上場はヘッジファンド運営会社ポールソンのジ ョン・ポールソン氏やリビアの最高指導者カダフィ大佐率いるリ ビア投資庁、香港の富豪、李嘉誠氏、NRインベストメンツのナ サニエル・ロスチャイルド氏といった名だたる投資家を引き寄せ た。

金属以外にもデリパスカ氏はロシアの大手保険会社インゴス トラフやシベリアの電力会社ユーロシブエネルゴ、2014年冬季五 輪の開催地ソチでインフラ整備を支援する建設会社にも出資して おり、資産は合わせて少なくとも210億ドルに上る。

トヨタ信奉者

デリパスカ氏が経営権を握る企業で潜在価値が高い一つが自 動車会社GAZグループ。同氏は65%を出資しており、2月1日 には米ゼネラル・モーターズ(GM)との間で、「シボレー・アベ オ」の新型モデル生産に向けて合意。独フォルクスワーゲンとの 間でもロシア国内での生産に向けた交渉を進めている。

デリパスカ氏はGAZ変革に際して、無駄を徹底的に省くト ヨタ自動車のコスト削減方式に傾倒、その信奉者になっていった。 今ではトヨタ方式を同氏のアルミ精錬所に導入、標準生産方式と してコスト削減を進めている。

同氏は一方でアルミ精錬所に目配りしながら、もう一方では ロシア最大の投資バトルを繰り広げている。ノリリスクの別の大 株主であるロシアの資産家ウラジーミル・ポタニン氏からルサー ル保有のノリリスク株売却を要請されたが、デリパスカ氏は応じ ない。ノリリスクの持ち分が商品相場上昇の持続を見込んだ戦略 的な賭けであり、「素晴らしい資産だ」とみているからだ。

アルミ戦争

このバトルは株主投票と戦略的株式購入という形で展開して いるが、デリパスカ氏がアルミ取引を始めた15年前は、市場シェ ア競争には銃が使われた。90年代の「アルミ戦争」では数十人が 死亡、多数の負傷者が出ており、その中にはデリパスカ氏の幹部 2人も含まれていた。

デリパスカ氏の全体的な戦略はシベリアの水力発電所に隣接 するルサールの精錬所が鍵を握る。同発電所の多くは同氏出資の ユーロシブエネルゴの傘下にあり、低コストだ。同氏は電力とア ルミを中国に輸出することも計画している。「シベリア市場は電力 が過剰供給状態だ。今後は中国との関係が強まる」と話す。

中国との関係

中国はデリパスカ氏がアルミ輸出先として狙う市場で、ルサ ールは今年の中国のアルミ消費が12%伸びると見込んでいる。

もしも過熱する中国経済が失速し、ロシア産金属の需要が消 えうせたらどうなるのか。デリパスカ氏はそんな事態はあり得な いと断言する。ロシアの同胞との対決であれ、返済延滞をめぐる 銀行との対決であれ、ことごとくサバイバルを果たしてきた人物 だからこその自信があふれている。

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