iPadでさらば本棚、広がる「自炊」-電子化遅れ、住宅事情も背景

「生まれたばかりの息子に本が落ち てきたら」-。大分県別府市のマンションに住む会社員、田子森聡氏 (28)は、高さ約2メートルの本棚2つが6畳のリビングに並ぶ光景に 恐怖を感じ、あることを始めた。1年後、蔵書は4分の1に減り、840 冊がデジタルの世界に消えた。

本をバラバラにして全ページをスキャン、電子端末に保存する「自 炊」が広がっている。米アップルの「iPad(アイパッド)」の昨年 5月上陸を機に、日本のメーカーも電子書籍端末を相次いで市場投入。 ビジネスとして代行する業者も登場している。

調査会社インプレスR&Dの高木利弘・客員研究員は、「自炊」の 流行について「日本以外で聞いたことはない」と指摘、電子書籍化の遅 れをその理由に挙げる。契約社会の米国では「パブリックなものや新刊 のベストセラーが全てデジタル化されている」が、日本では著者と出版 社の権利関係があいまいで、電子化前の整理に時間がかかるという。

日本語特有の多様な文字種や縦書きスタイルも電子化のネック。ま た三井不動産の資料によると、日本の1人当たり住宅床面積は37平方 メートルと米国の半分程度しかない。高木氏は、住宅事情も「自炊」に 走る人々が増えた背景とみている。

ブームは機材の売れ行きにも見て取れる。田子森氏が購入した高速 スキャナー「S1500」の製造元で、富士通子会社PFUの大浦精・販売 推進部担当課長によると、アイパッド発売後に売れ行きが急増、夏休み 時期の「昨年8、9月には製造国の中国から空輸し販売店にピストン輸 送した」という。

iPadの後押し

同社の個人向けスキャナー販売台数は昨年4-12月で前年同期比 90%増。同じく自炊に使えるスキャナーを販売するキヤノンマーケティ ングの大平洋二IMS企画課長も、売り上げは「夏にかけ上り調子にな った」と、アイパッド効果を認める。

代行業者も続々登場。昨年4月に岩松慎弥社長と大木佑輔取締役の 2人で起業したブックスキャンもその一つ。2人は幼稚園から幼なじみ の28歳で、もともと「アイパッド発売に合わせ自宅の本2000冊を電子 化したかった」という大木氏が岩松氏に電子化を依頼したのをきっかけ に、「小遣い稼ぎになるかもしれない」と会社を立ち上げた。

料金は原則1冊100円。大木氏は「2000冊を20万円なら妥当と考 えて設定したが、現在約60社ある同業他社の間で業界標準となった」 と語る。今は社員数144人に成長、従業員の半数は在宅勤務の主婦など で、データの表示具合をパソコンなどでチェックしている。

微妙な問題

日本語の電子書籍には複数の規格があり、アイパッドできれいに読 めても、米アマゾンの「キンドル」やソニーの「リーダー」などで同じ 表示ができるわけではないため、データ変換サービスにも対応。同社は 現在、発注しても4カ月待ちという人気ぶりだ。

微妙な問題もある。著作権法30条は私的使用を除く複製を禁じて おり、データが流出すれば抵触の恐れがある。同社も第三者への電子化 依頼には、著作権保有者の許可が必要な点をサイト上で強調している。

米運送会社フェデックスのグループ会社で、主にオフィス向け事業 を手掛ける企業「フェデックス キンコーズ・ジャパン」は、個人から 受け付けるのは基本的に裁断に限定。マーケティング部の石野恒夫部長 は「顧客が本の著作権を所有しているか、版元などから書面で許可され ていない限り、店舗のスタッフはスキャンをしない」と語る。

秋葉原の店舗に裁断済みのコミックとスキャナーを置いて顧客に 提供していた「自炊の森」は昨年末、営業を一時中断した。同社は、電 子メールで取材に応じ、コミックの著作権などに関し「ネット上での批 判が多かった」と説明。このため、サービスの主体をスキャン機材と場 所の貸し出しに限定して1月21日に営業を再開した。これならコンビ ニエンスストアでのコピー機の有料使用と同様、合法と主張している。

著作権

日本電子出版協会の三瓶徹事務局長は、自炊代行は「データが横流 しされ著作権侵害を誘発する可能性が否定できない」として、動向を注 視する意向だ。日本書籍出版協会の樋口清一事務局長も、多数の代行業 者が毎日膨大な書籍を電子化している現状で、「全てのスキャンが適法 とは考えにくい」と指摘している。

著作権問題に詳しい福井健策弁護士は、自炊代行は「著作権侵害と 思われる」とコメント。代行業者は「許諾の確認できない書籍のスキャ ンは当面停止し、作家や出版社との包括契約を模索するなど、適法化に 向け努力すべきだ」としている。

また、インプレスの高木氏は問題解決に向け「自炊しなくても電子 書籍が安く入手できる環境の整備を急ぐべきだ」と強調。著作権問題 は、電子書籍浸透への「一里塚では」と述べている。

「読みたい本」

全国出版協会・出版科学研究所によると、紙の書籍・雑誌販売推定 額は09年に21年ぶりに2兆円を割り込み、10年も前年比3.1%減の1 兆8748億円となった。一方、矢野経済研究所が昨年11月発表した2010 年度の国内電子書籍販売額(雑誌を含む)予想は、前年度比6.3%増の 670億円。

同経済研の上野雅史・主任研究員によると、10年度の電子書籍販売 額の約85%は携帯電話向けで、主にコミック。読書端末向けの一般的な 書籍は20億円程度の見込みだ。

同経済研は、紙の書籍の不振を受け電子書籍の収益源開拓に出版界 が重い腰を上げたため、その市場規模は14年度に40倍の800億円に膨 らむと予測。ただ上野氏は「読みたい本が読みたいところにない現状」 を背景に、自炊は「ニッチではあるが残っていくだろう」とみている。

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