節目迎えた富豪日本一の柳井会長、ドラッカー再認識でZARAに挑戦

「ぼくは人生の節目節目でドラッカ ーを読み返す」--。純資産92億ドル(約7610億円)で日本一の富豪、 衣料小売りアジア最大手のファーストリテイリングを率いる柳井正会長 兼社長(61)は自著でこう述懐する。その柳井氏はまさに今、ドラッカ ーを武器に新たな節目を乗り切ろうとしている。

柳井会長はこの秋、突然異変に見舞われた。カジュアル衣料ブラン ド「ユニクロ」の国内売上高が9月に7年7か月ぶりの大幅減を記録、 今期(2011年8月期)に連続最高益が途絶えることも表面化した。毎年 9月に開催している事業戦略説明会も見送ったままだ。

過去の節目として柳井会長は、父親から経営を引き継いだ時や株式 上場を決定した時、フリースブーム後を挙げている。現在は発熱保温衣 料ヒートテック後の大ヒット商品が見当たらず収益は曲がり角を迎えて いる。株価は昨年末から今秋には40%下落した。

日本企業を調査・分析するジャパンインベストの大和樹彦アナリス トは、Fリテイリについて「昨年度後半から商品がばらけ過ぎてフォー カスが出来ず、在庫がたまり処分するという悪循環に陥っている」と指 摘し、商品戦略の軌道修正の必要性を強調した。

柳井氏は前期までの16年間でFリテイリの売上高を24倍、純利益 を47倍に拡大させた。原動力はフリースなどの顧客創造に成功した商 品。顧客の潜在需要があるのに世の中にない商品を形にする「顧客創 造」、これが柳井氏がドラッカーから学んだ企業や経営者の存在意義だ。 柳井氏はいまその顧客創造を再認識、ZARAやギャップといった世界 の衣料製造小売り(SPA)企業にまで挑もうとしている。

「本当に理解し実践」

「企業の目的として有効な定義は1つしかない。すなわち顧客の創 造である」とピーター・ドラッカーは説く。日本ではビジネス書「もし 高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだ ら」(ダイヤモンド社)が121万部を売り上げ、今年のベストセラーに なる見通しだ。このドラッカーブームに先立ち柳井氏は、ドラッカーの 経営哲学を実践している。

ヘッジファンドでアジア2位のスパークス・グループを率いる阿部 修平CEOは、柳井氏について「ドラッカーが好きな経営者は多いが、 思想や哲学を本当に理解し実践できている数少ない経営者の1人だ」と 語る。柳井氏はスパークス社外取締役を05年から2年間務め、ゴルフ 仲間でもある阿部CEOと交流が深い。

Fリテイリに顧客創造をもらたしているのは他社に真似できない改 善力だ――。1990年にコンサルティングを引き受け、93年に監査役に 就いた安本隆晴氏は指摘する。柳井氏を毎日一歩ずつ進む地道な作業が できる人だと評し「フリースは17年改善・改良をした。補正下着(ス タイルアップインナー)だってどこかで爆発すると思う」と予想する。

トヨタも一目

小売業は大きな改革・革命は起こりにくいとする国内百貨店2位J フロントリテイリングの奥田務会長も柳井氏のFリテイリについて、 「毎日、毎日の改善を進めていくと、改革につながったり大きな革命に つながったりする要素がある」と述べている。

Fリテイリの改善力には元祖「カイゼン」のトヨタ自動車でさえ一 目置く。リコール問題に悩み続けているトヨタは5月に柳井氏を招いて 社内講演会を開いた。渡辺捷昭副会長は、直接出席はできなかったが資 料を確認したと前置きしたうえで「顧客をよく見ていらっしゃるなあと 思い見習う部分がある。山口という地方から出て大きくなったわけだか ら顧客を大切にされたのだろう」と評価した。

ドラッカー仕込みの顧客創造の思想と改善力を武器に、Fリテイリ はSPAで世界5位にまでたどり着いた。首位はZARAを展開するス ペインのインディテックス、米ギャップ、スウェーデンのヘネス&モー リッツ(H&M)、米リミテッド・ブランズが続く。

見えない新たな顧客創造商品

こうしたSPAはFリテイリの本拠地である日本進出を加速させて いる。ZARAは54店、ギャップは116店、H&Mは10店を国内で展 開している。日本勢でも国内小売り2位のイオンが、ヒートテックに対 抗してヒートファクトを発売、秋冬商戦からSPAに本格参入した。高 島屋もSPA参入を表明、カシミヤセーターなどを従来品よりも安い 7000-8000円で販売し始めた。

柳井氏が過去に生み出した顧客創造商品にはすでに類似商品が出て いる。この中で柳井氏には、新たな顧客創造につながる大ヒット商品が 登場していない。大型商品として打ち出した夏用肌着サラファイン、軽 さを強調したウルトラライトダウンなどは、一部売り切れるなど成果が 出始めているが、毎年2600万枚売れるフリースや累計1億枚超売り上 げたヒートテックほどには育っていない。

今夏の会見で柳井氏は今後の大型商品候補について「今までにない 商品、こういうものがあったらいいなあというものはほとんど課題に上 がっている」と述べた。引き続き新素材を使った顧客創造商品の開発に 注力するが、成果はまだ見えていない。

ドラッカーとともに

還暦を迎えた昨年の秋、柳井氏は「売上高5兆円構想」を打ち上げ た。顧客創造を柱にした自身の成長と企業の合併・買収(M&A)を含 めて、20年までに前期の6.1倍の売り上げ規模を目指す。5兆円にはZ ARAやギャップを超えて世界一になるという想いが込められている。 この構想について柳井氏は10月の会見で「1億人対象から60億人対象 のビジネスに広げようと思う」改めて決意を示した。

顧客創造を続けて業績を回復させないと、こうした構想は絵に描い た餅にすぎなくなる。人材の確保・育成も急務で、かつて失敗した後継 者育成も求められる。

65歳までの社長引退を公言する柳井氏に残された時間は多くない。 「偉大な巨人」や「大恩人」とまで傾倒するドラッカーについて柳井氏 は、「ときには彼の言葉に勇気づけられ、背中をおされてきた気がして いる」と語っており、ドラッカーを片手に顧客創造に挑戦する日が続く。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE