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【コラム】北朝鮮、「ブラックスワン」への変身間近-W・ペセック

受け入れがたい状況を認めようと しない心理的抵抗感というのは根強いものだ。政治家は大きな選挙を 前に、投資家は資産バブルのピーク時に、そして重大な危険が漠然と 迫りつつあるときには誰もがそうした心理状態に陥る。

ピュリッツァー賞受賞者のジャレド・ダイアモンド氏は、心理学 上、否認と呼ばれるそうした心理を2005年の著書「文明崩壊-滅亡と 存続の命運を分けるもの」で誰よりもうまく要約した。川上の大きな ダムと流域住民が抱く直感と相いれない感情についての世論調査結果 を引用し、ダムから離れたところに住む人々の方がすぐ近くの住民よ りもダム決壊への恐怖感が強いと解説した。

わたしはソウルの街を歩くと、ダイアモンド氏の見解を思い出す ことが多い。北朝鮮から35キロの距離に住む韓国人よりも東京やワシ ントンの人たちの方が金正日(キム・ジョンイル)総書記によるミサ イル発射に恐怖を抱く傾向があるのはこっけいな話ではないだろうか。

このような恐怖感を否認する気持ちは、北朝鮮の韓国に向けた砲 撃で粉々に打ち砕かれた。北朝鮮の狂気の行動による影響がわれわれ のすぐに近くの市場に及びつつあることが示された。

北朝鮮の体制について分かっているのは、体制内部の動きをわれ われがほとんど知らないという点だ。韓国兵士2人を死亡させ数百の 家屋を炎上させたこの攻撃を金総書記が承認したのかどうかさえも分 からない。一部では、金総書記の三男、金正恩(キム・ジョンウン) 氏にほとんど関心のない、ならず者将軍たちの仕業である可能性を指 摘する評論家もいるが、それは誰にも分からない。

3つの考察

砲撃事件が直ちに影響をもたらす3つの出来事について考えてみ よう。1つ目は韓国経済への打撃で、信用格付けに重大な影響を及ぼ す可能性もある。2つ目はこれまでまれにしか北朝鮮当局者を抑えつ けようとしなかった中国が苦しい立場に追い込まれることだ。3つ目 はアジアを取り巻く地政学リスクを改めて思い起こさせてくれた点だ。

韓国の企画財政省は砲撃事件を受けて24時間の緊急市場監視体 制を構築した。韓国の指数動向に加え、格付け会社や外国人投資家の 動きを注視するのだという。実際のところ、経済戦争司令室を稼働さ せる必要のある国は何カ国あるだろうか。これらことは李明博大統領 が置かれている立場を浮き彫りにしている。

李大統領は今月前半に20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット) の演出で手腕を発揮し高揚していたが、オバマ米大統領や中国の 胡錦濤国家主席が帰国してすぐに、46人の死者を出した3月の韓国哨 戒艦沈没事件よりももっと深刻化する恐れのある危機に直面している。 今回の砲撃は北朝鮮との境界に近い民間人居住の島に向けられたため だ。

最悪のタイミング

中国の胡主席にとってもタイミングは最悪だ。過熱する経済の抑 制に苦戦する中国は、賃上げを求める多数の国民を敵に回さずに経済 成長を鈍化させる必要がある。胡主席は北朝鮮を厳しく監督すべきだ という考えもあるだろう。現に中国には北朝鮮に対して金融面で大き な影響力がある。

胡主席がオバマ大統領を含め世界の指導者からさんざん文句を言 われるのは間違いない。ソウルで開かれたG20サミットでは、中国は 米国の金融緩和策を取り上げて世界経済の利益になるよう米国に責任 ある行動を迫った。だが今や形勢は逆転し、今度はオバマ大統領が胡 主席に対して同じことを要請する番だ。

中国は金総書記への支援から手を引き、朝鮮半島に冷静さを取り 戻す義務を世界に負っている。韓国の李大統領には選択肢が少ない。 北朝鮮が新たなウラン濃縮施設を急ピッチで建設するために外部に支 援を求めて設備を入手したことは明らかだろう。中国は北朝鮮の暴挙 を解明していく必要に迫られている。

ならず者将軍の台頭

地政学リスクという観点はどこの投資家にもひどく嫌われる。こ れは誰もが予想しなかった甚大な影響を及ぼす「ブラックスワン」的 事象そのものではない。市場への影響はあるだろうが、アジアの人々 は金総書記が市場を不安定にする爆弾を投げることにむしろ慣れてい る。ただそれでもこれは、投資家の想像を超えた大きなかく乱要因が いつ何時でも平壌からやってくる恐れがあるという警鐘にほかならな い。

例えば、クーデーターが突然発生すれば投資家は狼狽(ろうばい) するかもしれない。金王朝の終えんは多数には好意的に受け取られる だろうが、無名のならず者将軍たちの台頭は事態の改善とは言えない だろう。欧州の債務危機が広がり、米ドルが動揺する中で、ミサイル が例えば東京に向けて発射される可能性さえ否定できない。

そうなれば日本の国民に及ぶ大きな苦痛だけでなく、株式相場へ の壊滅的な打撃や債券利回りの急騰、為替市場の大混乱を招くことに なる。

アジアの地政学では往々にして経済という切り札が切られること がある。韓国での事件は既にバランスを崩している市場を震撼(しん かん)させている。北朝鮮は「ブラックスワン」になる可能性が極め て高く、否認はもはや選択肢の1つではない。(ウィリアム・ペセック)

(ウィリアム・ペセック氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラ ムニストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

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