母なるメコン流域脅かす中国のダム開発-壊れる環境、6000万人の憂鬱

メコン川の水面が朝日を浴びて きらめいている。がっしりした体格に着古した黒いTシャツと短パン 姿の漁師、ソムワン・プロミンさんはボートのモーターを始動した。 ソムワンさんのちっぽけなボートが穏やかに流れるメコン川を滑り、 タイ北東部のチェンコン地区に入った時、ソムワンさんは近くの川岸 を指さした。3日前の水位は3メートルも高かったと話す。

メコン川はタイ語で「母なる川」を意味する。中国が上流で水力 発電ダムの建設を開始し放流を行うようになってから、川の状態は予 想不可能になっている。

ソムワンさん(36)は8歳の時から漁に出ている。2008年8月、 大規模な洪水が発生し漁獲量や収入が減った。今年初めにはこれまで 経験したことがないほど深刻な干ばつを目の当たりにした。

東南アジア最長のメコン川の全長は約4800キロメートルにわた り、6カ国を流れる。この川の流域で、数千万人の住民がソムワンさ んと同じような変化の波を経験している。

メコン川はチベット高原を源流に、中国の雲南省からミャンマー、 タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムを通って南シナ海に注ぐ。メコ ン川とその支流は、カンボジアやラオス、タイ、ベトナムに住む約 6000万人に食料や水を送り届け、交通手段として利用されている。こ れらの国々の政府は発電と収入確保のためメコン川流域で水力発電ダ ムの建設を進めており、人々の暮らしが脅かされている。

壊滅的な影響

急速な経済成長を支える電力を必要としている中国は既にメコン 川で水力発電ダム4カ所を建設。下流の近隣諸国と話し合う機会も持 たないまま、1993年に最初のダムを完成させた。

今年日本を抜き世界2位の経済大国となる可能性のある中国は、 メコン川流域にさらに4カ所のダムを建設することにより、水力発電 能力を20年までにほぼ倍増させ、少なくとも3億キロワットに引き 上げることを目指している。

ローウィー・インスティチュート(シドニー)の客員研究員で歴 史家のミルトン・オズボーン氏は、これらのプロジェクトはカンボジ アとベトナムに壊滅的な影響を及ぼすと警鐘を鳴らす。同氏は06年 に出版された「The Mekong: Turbulent Past, Uncertain Future」 (仮訳:メコン川:激動の過去、不確かな将来)の著者。

オズボーン氏は「中国の行動は利己的で、ダムが最終的に下流の 国々に及ぼす深刻な被害への配慮がない」と指摘する。

各国の思惑

下流では、その他の国々がそれぞれの思惑で開発を計画している。 社会主義体制を堅持するラオスはメコン川本流で10カ所の水力発電 プラントの建設を提案。政府は電力を輸出し「東南アジアのバッテリ ー(電池)国家」への転換を目指している。ラオスはアジアで最も貧 しく、1人当たりの国内総生産(GDP)は886ドル(約7万2300 円)だ。

カンボジアはラオスとの国境近くで2カ所のダム建設を計画。中 国より下流の国々はメコン川本流で計12カ所のダムの建設を予定し ている。

政府間組織のメコン川委員会(MRC)によると、メコン川やそ の支流では130件を超える水力発電プロジェクトが稼働、または計画 されている。

限られた水資源の開発か保護かをめぐって、中国やMRC加盟国、 国際環境組織との間の緊張が高まっている。

河川と人権の保護を目指す民間非営利団体(NPO)、インター ナショナル・リバーのキャンペーンディレクター、アビバ・インホフ 氏は「ダムはメコン川の漁業や生態系に災いをもたらす可能性があり、 数百万人の住民がこの地域では対処しきれないリスクにさらされる」 と指摘。「メコン川の本流では、この地域のダム建設業者による開発 を禁止すべきだ」と語る。

メコン川の開発競争は、水資源がますます不足しつつある世界の 現状を反映している。国連は昨年、気候変動や人口の増加、食糧やエ ネルギー、バイオ燃料の需要拡大の結果、世界人口の約半数が30年 までに「水に関連する問題」を抱えた地域に住むことになるとの見通 しを示した。

一切のダム建設延期を提言

国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が創設した 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、地球上で気候変動の 影響を最も受けやすい3つの地域の1つとしてメコン川デルタを挙げ た。影響には海水面の上昇や塩水浸入、暴風雨などによる沿岸部の浸 食や生態系の破壊が含まれる。

MRCがまとめ、10月に発表されたメコン川下流でのダム建設の 環境への影響に関する報告書によると、本流で計12カ所のダムを建 設する計画により計1469万7000キロワットの発電能力が確保され年 間37億ドルの収入が見込まれている。このうち最大31%はカンボジ アとラオスの政府の収入となる見通しだ。

ダム建設の影響で下流の55%が貯水池のようになり、水流の遅い ため池があちこちにできる可能性がある。オーストラリアの独立系コ ンサルタント会社が作成したこの報告書は、MRCに対し、10年間は 一切のダム建設決定を延期するよう提言している。

報告書は、ダムは「国境を越えた影響を及ぼし、国際的な緊張が 高まる可能性をはらんでいる」と指摘。「下流全域で1カ所ダムが建 設されることにより、メコン川は取り返しのつかない変化を被る」と 警告している。

中国の当局者は、環境を破壊しているのではなく保護していると 主張する。中国外務省の宋涛次官は4月に開かれたMRCの会合で、 ダム建設は「再生可能エネルギーやクリーンエネルギーの開発推進の ほか、気候変動に対する世界的取り組みに貢献するため、中国政府に とって重要なステップの1つだ」と述べた。

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