8500億円損失のメンディロ氏が期す起死回生-ハーバード大流の運用術

2008年7月1日。米ハーバード 大学の基金を運用するハーバード・マネジメントの最高経営責任者 (CEO)に就任して間もないジェーン・メンディロ氏は、200人の スタッフを集めてタウンホール形式の会合を開いた。場所は同大から チャールズ川を挟んだ対岸にあるボストンの連邦準備銀行の建物だっ た。

ハーバード・マネジメントがトレーディングに使う16階に集ま った運用担当者の1人は、メンディロ氏に世界の市場見通しを尋ねた。 この会合に参加した4人の関係者によれば、同氏はそれほど細かく市 場の動きを追っていないと答えた。

市場がメンディロ氏はおろか、誰しもの注目を迫るようになるま で長くはかからなかった。08年9月に米証券会社リーマン・ブラザー ズ・ホールディングスが経営破たんし、世界の混乱が始まったためだ。 こうして09年6月までに、世界の大学の中で最大規模のハーバード 大基金では、投資資金の27%に相当する101億ドル(現在のレート で約8500億円)が失われた。これは米北東部の名門大学アイビーリ ーグ校の中で金額でも割合でも最悪。その結果、ハーバード大では設 備投資から学生向けサービスに至るあらゆる分野で削減が始まった。

メンディロ氏(52)はインタビューに応じ、「全世界が08年秋に 陥ったような荒れた市場と危機的な状況にわれわれも見舞われるとは 思っていなかった」と述べ、「長期計画を留保しなければならなかっ た」と振り返った。

08年の会合で市場見通しを尋ねられた覚えはないと語るメンデ ィロ氏は、05年から08年まで前任者の下でハーバード大基金が投じ たプライベートエクイティ(PE、未公開株)やヘッジファンド投資 の一部を解消し、内部の担当者による運用を増やすことに力を注いだ。

狙い目は天然資源

同氏は、09年6月期に価値が半減した不動産投資の再編に着手。 一方で、天然資源や木材への投資を増やしている。これは今回のCE O就任以前、ハーバード・マネジメントに02年まで15年間在籍した ころに同氏が率先して切り開いた投資分野だ。

こうしてメンディロ氏は損失の一部を取り戻した。10年6月期の 基金の規模は274億ドルとなり、11%回復した。それでもピーク時を 依然として26%下回った。米コンサルティング会社ウィルシャー・ア ソシエーツによれば、同期間の公的および企業年金や基金などの運用 成績は中間値でプラス13%だったため、これにも及ばない。ちなみに コロンビア大学の基金はプラス17%、エール大学は同8.9%だった。

深紅色のニットのスーツに身を包み真珠のアクセサリーを付けた メンディロ氏は「この種のポートフォリオの再編には5年はかかる」 と説明する。

時間的猶予

同氏の上司は時間の猶予を与えることに前向きだ。メンディロ氏 のCEO就任に尽力したハーバード・マネジメントの取締役、ジェー ムズ・ローセンバーグ氏は「ジェーンは素晴らしい」と称賛。「非常 に目覚ましい投資上のリターンが示されたわけではないが、それがこ こ2、3年の課題ではなかっただろう」と指摘する。

ハーバード大の財務責任者でもあるローセンバーグ氏によれば、 ハーバード・マネジメントでは15年の運用経験を持ったジャック・ マイヤー氏が去り、新興市場に詳しいモハメド・エラリアン氏がその 後3年でCEO職を退くという混乱を受け、少なくとも10年間続け てくれる人材を求めていたと説明する。

メンディロ氏はCEO就任直後の数カ月でまず、サマーズ元米財 務長官が学長だった当時に契約した金利スワップを解消するための資 金調達を急ぐ必要があった。このほか、さまざまな方面への対応も迫 られた。つまり、ハーバード大の資金使途を快く思っていなかった卒 業生やサービス削減に直面した学生、資金不足に見舞われた教職員ら だ。しかも、運用担当者2人がエラリアン氏を追って同氏が現在CE Oを務めるパシフィック・インベストメント・マネジメント(PIM CO)入りしたほか、数人もハーバード・マネジメントを去った。エ ラリアン氏はインタビュー依頼に応じなかった。

長期目標

1990年までハーバード大で最高投資責任者を16年務めたウォル ター・キャボット氏はメンディロ氏について、「難しい組み合わせの カードで勝負しなければならなかった」と述べ、過去の投資や取り決 め解消には「時間がかかるだろう」との見方を示した。

メンディロ氏は市場の混乱があってもリスクを管理しつつ基金を 拡大していくという長期目標から目をそらしていない。同氏は「投資 ポートフォリオが現在の大学運営を支えつつ、将来的な基金の購買力 も維持する必要があることはよく分かっている」と語る。

同氏はマイヤー氏の下で働いた数年間に投資技術を磨いた。マイ ヤー氏はハーバード大基金を優良株と債券で運用する安全第一の投資 ポートフォリオから不動産やPE、天然資源にまで投資対象を拡大し た事実上のヘッジファンドに変えた人物。同氏の下で、基金の規模は 5倍余りに拡大し、2005年には259億ドルとなった。1990年は47 億ドル。メンディロ氏のCEO就任までには369億ドルと、同氏の出 身校で大学基金2位のエール大を140億ドル上回った。

評価さもなくば批判

ハーバード大は基金の規模拡大によって目標とする計画を達成し てきた。教職員の給与引き上げや優秀な研究者の採用、低所得層の学 生を対象にした学費免除などを実施した。07年には壮大な50年計画 を発表。これにはケンブリッジのメーンキャンパスから川を隔てた対 岸に10億ドルの科学センターを建設するなど約93万平方メートルの 新たな敷地を確保し、最大1万2000人分の雇用拡大が含まれていた。

寄付提供者で米投資会社ゴラブ・キャピタルの会長を務めるロー レンス・ゴラブ氏(51)はハーバード大について、「支払い能力を上 回る規模の計画を立ててきた」と指摘した。

メンディロ氏は基金の運用成績が08年のリーマンショック以前 の水準に戻れるのか、またそれはいつになるかを予測するのは控えた。 「投資に関する一部の決定が成功につながったかどうかは恐らく10 年以上たたなければ判明しないだろう」と述べた。同氏をCEOに抜 擢した上司らの直感が正しければ、そのころもメンディロ氏はハーバ ード大に残り、基金運用で高い評価あるいは批判を受けていることだ ろう。