【経済コラム】ヘッジファンド運用者の宇宙からの手紙―M・ルイス

送り先:親愛なる投資家の皆様へ

差出人:ファンド運用者より

多くのヘッジファンド運用者と同様、わたしは最近、神経衰弱と 誤解されかねない症状に見舞われました。

CNBCやニューヨーク・タイムズ、その他よからぬメディアが かぎつけて話をねじ曲げる前に、わたしの口からご説明したいと考え ました。残念な運用成績に加え、わたしが長く留守にしていたことに ついてもご説明したいと思います。皆様の誤解がないようにするため です。

人様の資産数十億ドルと自分の金1億ドルを運用している人間 には誰でも、自分を疑う瞬間というのが訪れるものです。わたし自身 はそのような経験はありませんが、他の運用者にはそういうことがあ るのは事実です。

しかし、わたし個人の危機は別物です。今年のある一瞬、わたし は自分ではなく、われわれが存在している世界の方を疑いました。も しわたしが別の種類の人間だったら、皆様を放り出していたことでし ょう。

あの瞬間の自分に負けていたら、私はアンドルー・ラード氏(マ リファナ合法化を訴えた著名ヘッジファンド運用者)のように煙の中 に消えて、残りの生涯を葉っぱを吸って暮らしたかもしれません。あ るいはスタンレー・ドラッケンミラー氏のように貧者に食べ物を与え、 ハンセン病患者を救って暮らすか、またはガイ・ハンズ氏のようにチ ャンネル諸島に隠遁(いんとん)してしまうこともできたでしょう。 そして、ここ1年に何十人ものヘッジファンド運用者がしたように、 皆様に何もご説明することなくあっさりファンドをたたんでしまう こともできました。

ジャングルの掟

わたしの危機は今年初めのある朝、わたしがブルームバーグ端末 の画面を開いた瞬間に訪れました。何が起こったわけでもなかったの です。それが怖いところでした。特に何という理由もなく、わたしは 自由な市場が二度と戻ってこないという不気味な確信を抱きました。 市場は政治家と官僚が操るもの、優れた人間を陥れることを目的とし た罠(わな)と化したのです。

2008年の秋以来いったん停止されたジャングルの掟(おきて) は、永久に廃止されました。

起こっていることを一言で言うと、社会主義でした。公園の監視 員が永久に、太って足が遅く餌食となるべきものも含め、すべての動 物たちに餌をやり続けるのです。この新しい環境の中で、食物連鎖の 頂点にある肉食獣、傷ついたカモシカを見分ける才能のあるライオン の運命は目に見えています。獲物を捕らえるためのわたしの第六感は もう、意味がないのです。

宇宙へ

ライオンにとって、そのような運命を感じるのが特につらいのは 言うまでもありません。わたし自身の名誉のためにお断りしておきま すが、精神分析を受けようか、何が大切なのかを考え直そうとか、人 生の意味を探そうかなどという気の迷いは断ち切りました。そうする 代わりに、2年間の解約停止を皆様にお願いするあの書簡を差し上げ、 ロシア政府に金を払ってソユーズTMA-19の宇宙の旅を予約した のです。

ご経験のない皆様には、ロシアのロケットに乗って宇宙に打ち上 げられるという話は実際にそうである以上に奇妙で風変わりに聞こ えるかもしれません。

それほど高価なものではありません。少なくともわたしのような 資産を持っている人間にとっては。また、ロシア株を空売りしている ことをロシア政府に知られない限り、ややこしいこともありません。 要は、ロシア人に言われた通りの場所に行き、無理な要求はせず、彼 らの事業を改善するためのアイデアをしゃべり過ぎないようにすれ ばいいのです。

絶好の場所

ともかく、地球を回る軌道の上はヘッジファンド運用者がこの宇 宙における自身の位置を考え直す絶好の場所でした。

宇宙船の中で浮かびながら、同乗者に金融アドバイスを与えたり、 女性たちと知り合いになったりしているうちに、地球での困った事態 の数々が意味するところが、はっきりと見えてきたのです。

戦略を説明しろという投資家の皆様からの絶え間ない要求、本物 の悪漢のヘッジファンド運用者を絶滅させるための組織的な取り組 み、ゴールドマン・サックスが新規制をかいくぐるのではなく自己勘 定トレーディング部門を閉鎖するかもしれないといううわさ、ウォー ル街はもはやチャンスにあふれる場所ではないという大合唱、クレイ グズリスト(米国の情報サイト)がセックス関連の広告を掲載しなく なったという話。すべてのニュースはただ一つの方向を指しています。 将来わたしが素晴らしいリターンを上げられるということです。

強いライオン

ライオンであることの厳しさは増しています。弱いライオンはこ そこそとジャングルから立ち去ります。生き残った強いライオンは、 ジャングルを独り占めできるのです。宇宙船の中で、わたしはひらめ きを得ました。自分こそがその強いライオンなのだと。

壁伝いにトイレに向かう途中に窓がありました。自分たちが住ん でいる星をじっくりと見たのは初めてでした。その星の上で、年18% を超える投資リターンを上げることがまだ可能だとわたしが考えて いる惑星です。

その瞬間、わたしはそれがどんなに小さいかに気付きました。財 布を窓の前に持ち上げて見ると、地球はせいぜいそれと同じくらいの 大きさでした。皆様を含め多くの人がわたしのことを大物と形容しま す。でも地球より大きいと言われたことはありません。しかし、こう して遠く離れて見る限り、わたしは地球に比べ巨大でした。

そこでまた気付きました。地球と距離を置いている限り、判断を 誤ることはありません。相対的に自分がどれほど大きいかを思い浮か べ続けることができる限り、他者がわたしを小さくしようとしても問 題ではないのです。

自分に忠実

社会主義者はわたしに、持って生まれた性格を変えさせることが できると考えました。しかしわたしは、自分に忠実である方法を見つ けたのです。

わたしは安心して、操縦士に地球に帰るように言いました。でき ればマンハッタンの真ん中がいいと。取引をして、数匹の獲物を仕留 めたくてうずうずしていました。

残念ながら、ロシア政府を説得して予定よりも早く帰してもらう のには3カ月近くかかりました。宇宙にいると、時間が貴重だという ことを説明するのは簡単ではありません。しかし振り返って考えると、 これは幸運でした。金融危機についてのわたしの回顧録「アウター・ スペース・インナー・ライオン」を書き始めることができたからです。

皆様の中にはわたしのことをあきらめて、二度と名前を聞くこと もないと思っていらっしゃる方もあると風の便りに聞きました。誓っ て申し上げますが、そんなことは決してありません。(マイケル・ル イス)

(マイケル・ルイス氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニ ストです。このコラムの内容は、同氏自身の見解です)