「ほほ笑む暗殺者」の新たな照準-島国NZを富裕層の古里に変えろ

ニュージーランド(NZ)のジョ ン・キー首相は、メリルリンチの外国為替グローバル責任者をロンド ンで務めていた1998年、常に陽気でありながらもチームで約50人を 解雇したことから「ほほ笑む暗殺者」というあだ名を付けられた。生 まれ故郷のNZでキー首相は今、トレードマークの笑顔を振りまき、 地球上で最も辺ぴな先進国の一つである同国に富裕層移住者や外国投 資家、金持ち旅行者を呼び込もうとしている。

キー首相(49)は昨年、国連総会出席のため訪米した際に時間を 作り、デービット・レターマン氏が司会を務めるテレビ番組に出演し て南西太平洋に浮かぶ島国を宣伝。ニューヨークから乗り継いでも20 時間で到着できる旧英国領のNZに「向こう30日以内に訪問してくれ れば自ら空港に迎えに行く」と語り、「イングランドのようだが、偉ぶ った態度はない」とNZ国民の気さくさを強調した。

キー首相の発言はジョークを交えたものではあるものの、根底に あるメッセージは真剣だ。2008年11月の就任以来、首相は景気押し 上げを目指して所得税と法人税を引き下げ、企業幹部向け奨学金制度 を導入。観光相も兼任している。

NZはアカデミー賞受賞の人気映画「ロード・オブ・ザ・リング」 3部作でロケが行われた雪山や緑に覆われた谷などを誇る風光明媚 (めいび)な国だが、30年で最悪のリセッション(景気後退)からの 立ち直りに苦戦している。1人当たりの国内総生産(GDP)でみた 生活水準は購買力平価に基づく09年の試算で、経済協力開発機構(O ECD)の他の加盟国の平均を約15%下回る。また、大学卒業者の約 25%を含む100万人が就職のために海外に移住している。4-6月(第 2四半期)の失業率は6.8%と、前四半期の6%から悪化した。

人口流出

NZがオーストラリアに追いつくには1人当たり国民所得を 35%引き上げる必要があるとみるキー首相は、差し当たって人口の海 外流出分を裕福な外国人で埋めたい考えだ。首相は「富裕層を引き付 けることは、彼らが行う投資や彼らが他者に提供する機会を考えれば 極めて重要だ」と指摘する。NZは以前から、ヘッジファンド運用者 で資産家のジュリアン・ロバートソン氏や米ジーンズメーカー、リー バイ・ストラウスのトム・タッシャー元社長などの投資家にとって第 2の古里となっている。

中道右派の国民党を率いるキー首相は所得税の上限税率を38% から33%に引き下げており、来年は法人税率をオーストラリアよりも 2ポイント低い28%とする。インドやロシアとの間で自由貿易協定 (FTA)の締結も目指している。8月9日には、NZの企業幹部が 有力ビジネススクールに留学する際に最高11万NZドル(約660万円) を支給する奨学金制度を発表した。

ベテラントレーダーでも手立てなし

ただNZ首相の職務は難しい。元ベテラン通貨トレーダーであっ ても、この10年にNZドルの対米ドル相場は1NZドル=0.39米ド ルから0.82米ドルの間で大きく揺れ動いているだけに扱いにくい。N Zドルはキャリー取引の人質となっており、海外投資家が高利回り資 産への投資で利益を得ようと資金をつぎ込めば値上がりするが、彼ら が資金を引き揚げれば下落する。輸出と観光収入はNZのGDPの4 割近くを占めるが、NZドルが上昇すれば同国の輸出品と観光コスト は割高となり、同国経済には打撃となる。NZは乳製品と子羊肉の輸 出で世界最大で、観光収入が外貨収入の2割を占める。また、NZド ルが売られたときは輸入コストが高くなるため、NZは悪影響を受け る。

キー首相はNZドル相場の乱高下を阻止するために自身にできる ことはあまりないが、さらなるFTA締結に向けた交渉に取り組むこ とは可能だと話す。

キー首相の見通しを支えているのは世界経済の立ち直りだ。世界 経済が金融危機から脱却する中、牛乳やバター、子羊肉の販売は伸び ている。NZ経済は今年、プラス3%成長と、09年のマイナス1.6% から好転する見込みだ。

テレビ局TV3が実施した世論調査では、8月初旬に総選挙が実 施されていた場合、キー首相率いる国民党は54.5%の支持を得て同首 相は引き続き政権を担うはずだとの結果が出ている。この結果が本当 に重視されるのは首相が任期切れを迎える2011年11月に再選を目指 すときだ。世界がNZの農産物を購入し続け、首相の古巣である外為 市場のトレーダーらがNZドルを過度に不安定にしない限り、キー首 相は次の3年の任期をほほ笑みながら全うすることができるに違いな い。

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