【コラム】インサイダー摘発はスターリン流の模倣、悪玉健在-Mリン

インサイダー取引事件は、まるで ロンドンのバスのようだ。何時間もの間1台も来ないかと思うと何台 もが一団になってやってくる。

英金融サービス機構(FSA)は先週、インサイダー取引で2件 の大掛かりな捜査を展開した。今月に入っては検察が、元株式ブロー カーに対して実刑判決を勝ち取るというまれなケースもあった。

それにしても、なぜ今なのか。何年もの間、ゴルフをする金融市 場のトレーダーたちにとって、雷に打たれるリスクの方がコースで株 についてちょっとした情報を交換し合ったために逮捕されるリスクよ り大きかった。実は、規制当局はバンカーに対して敵対的になった大 衆のムードに迎合しているのだ。当局が怠慢だったことを隠す意味も ある。見せしめ的な裁判は、金融システム内の他の場所にある、もっ と重大な問題から世間の視線をそらすためのおとりに過ぎない。

ロンドンの金融街、シティーの本当の悪玉は、膨れ上がったリス ク大好き銀行業界が国家を破産させるのを座視した政治家と規制当局 だ。2、3人のブローカーやヘッジファンド運用者が、株や債券のど の銘柄が明日値上がり、または値下がりするかについて内部情報を得 たからといって、重大な結果はもたらさない。

英当局のインサイダー取引摘発は、業界内の全員を神経質にさせ るほどに激烈だ。先週は、ドラマチックな逮捕劇が金融街を揺るがし た。1件の摘発ではヘッジファンド会社ムーア・キャピタル・マネジ メントやドイツ銀行、エクサンBNPパリバの幹部がインサイダー取 引の容疑で逮捕された。

印刷所が端緒

もう1つ別件の捜査では、スイスのUBSと米JPモルガン・チ ェースが使っているロンドンの印刷所が端緒となった捜査で、最大11 人が訴追される可能性がある。

今月は、ショア・キャピタル・グループとコメルツ銀行のドレス ナー・クラインオートに勤務したことのある元バンカーのクリスチャ ン・リトルウッド容疑者が妻とともに摘発された。その前の週にはJ Pモルガンのカザノブ部門の元パートナー、マルコム・カルバート被 告がインサイダー取引で有罪判決を受けた。もちろん、逮捕や起訴さ れても犯罪行為が証明されるまでは全員、推定無罪だ。

ロンドンでこのように突然インサイダー取引摘発が活発になった のはなぜだろう。長年にわたり、インサイダー取引は総じて被害者の いない犯罪であるばかりでなく、摘発されることがほとんどなかった。 シティーの文化を見守るわれわれの大半は、誰かが不正な金融市場操 作で刑務所に入ることなど、まずないと考えていた。

監視技術

もちろん、理由は単純なのかもしれない。人がどう考えていよう と法律は法律だし、当局の仕事は違反者を見つけることだ。規則を順 守させるために、時間と資源をもっと注ぎ込もうと当局がやっと決め たなら、褒められるべきことだ。

さらに、監視の技術は今や、従来よりもはるかに高度になってい る。現代人の生活の特徴は、携帯電話を使っても電子メールを使って も、誰といつ連絡を取り合ったかの記録が電子的に残ることだ。情報 が理髪店で交換されていたころは、誰が誰に何を言ったかを証明する のは難しかった。しかし、電子メールと携帯電話がある今、正確な証 拠が残る。そのような証拠があれば、立件し公判を維持することは以 前ほど難しくない。

しかし、それだけだとはどうしても思えない。信用危機の後、大 衆のムードは金融市場とそこで働く人々に対して決定的に敵対的にな った。株価は回復し、ボーナスはまたたっぷりと支払われているかも しれない。だからといって、銀行システムが崩壊しかけた事実が忘れ 去られたわけではない。

組織防衛

規制当局が金融犯罪に対して厳しさを増しているのは、バンカー やブローカー、ヘッジファンド運用者が刑務所に入るのを見ることを、 大衆が望んでいるからではないだろうか。あるいは、規制機関は英保 守党に対して自らのやる気をアピールしているのかもしれない。保守 党は政権を取ったらFSAを廃止しようと計画しているからだ。

どちらにしても、現在の「魔女狩り」は行き過ぎだ。会社発表前 にある銘柄を売買して数ポンドをもうけることは、米サブプライム(信 用力の低い個人向け)住宅ローンでバランスシートを膨れ上がらせた 揚げ句に税金で救済されるより、はるかに害が小さい。

どちらの罪が重いか考えてみよう。一般投資家に先駆けて取引し た何人かのヘッジファンド運用者か、すべての金融機関が相場が下落 したとたんに破たんするほど脆弱(ぜいじゃく)な基盤に立っている ことに気付かなかった当局か。

スターリン

スターリン時代のソ連は指導者らの無能ぶりから国民の目をそら すために見せしめ裁判というものを作り出した。インサイダー取引の 摘発も同様に見える。摘発すると見せかけてシステムを温存するとい う点で。ここ数年の金融危機について誰かの罪を問うことは、正しい。 ただ、それならば何人かの「いけにえ」を選び出すのではなく、本物 の罪人を罰するべきだ。(マシュー・リン)

(リン氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。こ のコラムの内容は同氏自身の見解です)

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