ベトナムは次の中国か、ジェットコースターか-一部ファンドは撤退

ベトナム唯一の自家用機を操るグ エン・タン・チュンさんは、中部高原の町、ダラトとプレークの上空 2万4000フィート(約7315メートル)に達した後、着陸態勢に入っ た。8人乗りの「ビーチクラフト・キングエア350」はやがて、ホー チミン市の空港に舞い降りた。

35年前は南ベトナム解放民族戦線の一員だったチュンさんにと っては見慣れた風景だ。戦闘機パイロットとして、当時サイゴンと呼 ばれた同市を本拠に米国を後ろ盾としていた南ベトナム政府の司令部 に2発の爆弾を投下した思い出が蘇る。

62歳のチュンさんが今就いている職業は、ベトナムという国の変 遷を象徴するものだ。ベトナム有数の富豪で起業家のドアン・グエン・ ドク氏(46)の個人パイロット。国内最大の上場不動産会社ホアン・ アイン・ザー・ライを含むドク氏の企業帝国は2009年末時点で同氏に 28兆4000億ドン(約1400億円)の個人資産をもたらした。

「自家用機を持つドク氏はベトナム経済にとって素晴らしいこと だ。外国ビジネスマンのように成功可能だということを自国民に教え ている。ベトナムでも今はダイナミックな起業家の時代だ」とチュン さんは言う。

外国人投資家にとっては、ベトナムはドク氏の自家用機より乱高 下するフライトのようだ。インドシナ・キャピタル・アドバイザーズ は昨年、ロンドンに上場していたベトナム株式ファンドの清算を決め た。その価値が半分になったためだ。米サンフランシスコに拠点を置 くヘッジファンド、パスポート・キャピタルは09年11月、ベトナム とカンボジアの不動産を購入していたファンドに対し、未投資分の現 金の返還を要求した。

強気

ホーチミン市証券取引所の指標、VN指数は06年、アジアで最高 の上昇率を記録したが、08年には66%下落。世界的なリセッション(景 気後退)に続くインフレ加速で対ベトナム投資への信頼は打ち砕かれ た。ただ09年には57%上昇に転じ、ベトナム投資を続ける海外投資 家はかなり強気だ。

テンプルトン・アセット・マネジメントのマーク・モビアス会長 は、念入りに準備して好機を見いだし、市場の「泡」を無視する気概 があるなら、人口8600万人のベトナムで利益を上げることは可能だと 語る。同社の今年2月時点の対ベトナム投資は2400万ドル(約22億 円)。

同会長は、「単なる感情に流されることなく、特定の投資の真の価 値を見極める必要がある。民間セクターが国の成長に寄与する重要度 は高まった。今後も成長を続けるだろう」と分析する。

「次の中国」

海外からの対ベトナム直接投資は、1986年の市場経済への移行後、 ゼロから2008年には603億ドルとピークとなった。ベトナムの同年末 時点の外貨準備高のほぼ3倍だ。国際通貨基金(IMF)の統計によ れば、2000-09年の国内総生産(GDP)伸び率は年平均7.2%に達 し、アジアでは中国とカンボジアに次ぐ高成長国となった。ベトナム 政府は10年の成長率を6.5%と予想している。

ベトナム・キャピタル・パートナーズのマネジングパートナーで 米シティグループのベトナム投資銀行部門を率いた経歴を持つソン・ ナム・グエン氏は、「ベトナムはアジア最後のフロンティアと見なされ ていた。誰も『次の中国』を見逃したいとは思わなかった」と話す。

だがジェットコースターのような相場にうんざりしているインド シナ・キャピタルやパスポート・キャピタルのような投資家もいる。 株式ファンド「インドシナ・キャピタル・ベトナム」の投資家は昨年 9月にファンド閉鎖を決めたが、07年3月に当初5億ドルだった純資 産は、09年6月末までに2億4300万ドルに減っていた。

パスポート・キャピタルはロンドン証券取引所の新興企業向け市 場AIMに上場していた不動産ファンド「JSMインドシナ・キャピ タル」に13%出資していたが、08年11月の価値急落などを受けて、 投資資金引き揚げを求めた。

苦い経験

センテニアル・グループ・ホールディングスの経済調査責任者で シンガポール在勤のパートナー、マヌ・バスカラン氏は「歴史的にイ ンフレと通貨価値下落で苦い思いをした経験から、人々はすぐに自信 を失いがちだ」と述べる。「世界の金融システムはまだ新たな衝撃のリ スクを抱えている。そうした面でベトナムのような国はもろい」と指 摘する。

自家用機を所有するドク氏は、ベトナムに出現しつつある欧米ス タイルの起業家のシンボル的存在だ。同氏がビーチクラフト機を購入 した当時、ベトナムにはぜいたく品への課税はなかった。次に注文し た1800万ドルのプライベートジェット「エンブラエル・レガシー500」 は12年納入の予定。今度は540万ドル相当の税金を納める必要がある という。

ドク氏の常宿は、ホーチミン市中心部の由緒ある「レックスホテ ル」のスイートルーム。ベトナム一の資本家が泊まるこの建物は、ベ トナム戦争当時、共産主義と戦った米軍がプレスセンターとして使用 していた。

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