【FRBウオッチ】ボルカ―・ショックの裏にオバマ・パニック

弁護士とバンカーが動かしてい る国と言われるだけのことはある。米東部時間1月21日午前11時 半。弁護士出身のオバマ大統領はホワイトハウスで声明を発表、米 国全土を法廷に変えてしまった。被告はガイトナー財務長官とバー ナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長。

ウォール街に相対するメーンストリートの市民は財務長官とF RB議長が実行した金融機関への巨額の公的資金投入で、バンカー が不当な利益を得たとして、訴えている。

オバマ大統領が敏腕弁護士に戻ったのは、国民の怒りに危機感 を高めたからである。国民の怒りの矛先は与党民主党に向かい、上 院の補欠選挙や知事選で民主党候補が共和党候補に相次いで敗れ、 政権中枢部にパニックが走った。

同大統領は「米国民が大き過ぎてつぶせない銀行の人質に取ら れるようなことが二度とあってはならない」と陳述。ガイトナー長 官とバーナンキ議長は、大手金融機関に人質として誘拐された国民 を救出するため、金融機関に巨額の身代金を支払ったという弁論を 展開した。

その上で、オバマ大統領は、人質事件を二度と起こさないように するため、銀行に対して、自社の利益を追求する自己勘定トレーデ ィングの運営、およびヘッジファンドやプライベートエクイティ (PE、未公開株)投資会社の経営や投資を禁止すると表明した。

そして、最後にオバマ大統領は、「バンカーが対決を望むなら、 受けて立つ用意がある」と言い放った。議会へのロビー活動で金融 規制の手綱を緩めようと画策するバンカーらを挑発した格好。さす がに敏腕弁護士として鳴らした大統領である。

NY株式市場急落

大統領の真に迫る「宣戦布告」に驚いたニューヨーク株式市場 では、ダウ平均が200ドル以上も急落した。新規制案はボルカー元 FRB議長が主唱してきたもので、市場には新たな「ボルカー・シ ョック」が走った。ボルカー氏は1979年にFRB議長に就任。折か らの狂乱インフレに対し、量的引き締めという変化球を使ってフェ デラフファンド(FF)金利を20%超まで引き上げた。市場参加者 の脳裏には30年前のボルカー・ショックの悪夢がよみがえった。

もっとも、オバマ大統領はウォール街からも多額の資金を得て 大統領選を戦っており、ウォール街と全面対決する考えなど初めか らなかった。その1週間後、サマーズ米大統領経済評議会(NEC) 委員長はスイスのダボスで開かれていた国際経済フォーラムで、 「金融界と対決する考えはない」と、オバマ大統領の金融界への宣 戦布告がジェスチャーであることを認めた。

サマーズ氏は、性差別発言をめぐり物議をかもした後、ハーバ ード大学学長を退任。その直後にヘッジファンドのD.E.ショー に転出、最高顧問に就任していた。同氏はオバマ大統領候補の遊説 中、シティグループの社用ジェット機に便乗していたほど、ウォー ル街とは関係が深い。

危機と改革は不即不離

ガレット下院議員(共和党、ニュージャージー州選出)はオバ マ大統領の新提案について、「大統領は昨年6月に包括的な金融改 革を提案し、下院ではその提案に基づいた法案が既に本会議を通過 した。今回の新たな提案は政治的な意図が背景にあり、混乱を呼び 起こすだけだ」と批判した。

ボストン・カレッジのエドワード・ケイン教授は「金融改革は 常に危機の後にやってくる。これは平時には自己保身に走る政治家 や官僚は改革案が出されても握りつぶしてしまうからだ」と述べて いた。

オバマ大統領は09年1月に就任。財務長官にはニューヨーク連 銀総裁として、バーナンキ議長らとともに08年9月のリーマン・シ ョックに対応したガイトナー氏を指名。両氏に引き続き金融界の支 援を委ねた。そして、金融市場が危機を脱した6月に包括的な金融 改革案を提出する。

ここまでは、危機から金融規制改革という大恐慌が発生した 1930年代と類似したパターンをたどっている。今回の展開が30年代 と異なるのは、ガイトナー財務長官やバーナンキ議長の大量資金注 入で金融界が崖っぷちから生還、急速に収益を伸ばしたことだ。

2度目の危機

これでめでたく人質事件の解決となれば、米経済は再生へ向け て力強い一歩を踏み出すことができた。しかし、政府・中央銀行当 局は銀行を救済した後、資金供給をさらに増額かつ長期化させる一 方で、解放された国民に対するアフターケアを怠った。こうして金 融機関が危機前を上回る利益を回復する一方で、失業者が急増する 事態を招いてしまった。

金融機関は大量の公的資金注入により短期間に立ち直り、トレ ーディングや資産運用で高収益を挙げることができたからだ。そし て、身内で大盤振る舞いをし、その一方で公的資金の付け回しをさ れる国民に対して貸し渋りや貸し剥がしをするに及び、国民の怒り が頂点に達した。

この国民の怒りにより民主党候補が補欠選挙や知事選で相次い で敗れ、大統領の支持率も低下するに及んで、今度はオバマ大統領 が自らパニックに陥ってしまった。この政権発のパニックが金融改 革の第2弾につながったわけだ。まさしく、ケイン教授が指摘する ように、危機が起こらないと物事の改革は進まない。

実際、危機は変革へのチャンスなのである。そして、危機に伴 う「混乱が生命を飛躍させ、混乱はチャンスとなる」(クラーク元 司法長官)。経済学者シュンペーターが説いた創造的破壊が変革へ の原動力になるはずだった。2008年の金融危機は「百年に一度の危 機」ならぬ、「百年に一度の好機」でもあった。

この好機を未曾有の公的資金の投入と、その事後処理の不手際 で取り逃がしてしまった。そもそも、08年9月にまずリーマン・ブ ラザーズ・ホールディングスの破たんを容認したのは当時のポール ソン財務長官とバーナンキFRB議長、ガイトナー・ニューヨーク 連銀総裁だった。

リーマン破たんの予想以上の衝撃に政策当局もパニックに陥り、 歯止めのない公的資金投入に走ってしまった。そして、その公的資 金投入の後遺症である国民の反乱にあわてたオバマ大統領が、国民 をなだめるために持ち出したのが今回の銀行規制案である。政策当 局は2度にわたってパニックに襲われたことになる。

新規制案は絵に画いた餅

金融機関は公的資金による高額ボーナスに酔って「創造的破壊」 などは思いも及ばない。オバマ大統領は新提案を行ったものの、政 治ショーが大きな目的だ。国民に金融界の「創造的破壊」ならぬ絵 に描いた「想像的」破壊の夢を与え、中間選挙を切り抜ける作戦だ。

下院は本会議で金融改革法案を可決しているため、オバマ大統 領の新提案は上院で審議中の法案にどのように反映させるかが焦点 になる。上院の指導部はオバマ大統領の当初提案を受けた法案の最 終的な詰めの作業を進めていたところで、新提案を盛り込むのは容 易なことではない。

上院銀行委員会のドッド委員長(民主党、コネチカット州選出) は2月2日にボルカー元FRB議長を呼んで開いた公聴会の席上、 新提案について、一定の評価を与えながらも、「多くの国民の目に は明らかに政治的なものと映る」と不快感を隠さなかった。

ドッド委員長はさらに、金融改革法案は「超党派で通過させな ければならない」と述べ、共和党議員の支持が欠かせないとの認識 を明確にした。オバマ・パニックへの最後の一突きになったマサチ ューセッツ州上院補欠選挙での民主党候補敗退により、民主党の上 院勢力は安定多数の60議席に1議席足りなくなっている。

しかも、民主党は一枚岩ではなく、数人の造反も予想されるた め、複数の共和党議員の抱き込みが必要だ。支援を仰がなければな らない共和党議員の態度も一段と硬化している。銀行委員会で共和 党を主導するシェルビー議員(アラバマ州)はCNBC放送とのイ ンタビューで、オバマ大統領の新提案を有害無益と断じた上で、 「われわれが適切に物事を処理できるよう望んでいる。オバマ大統 領の下に何か送付するのを急がないようにしよう」と語っている。

厳しい銀行規制に前向きだったコーカー上院議員(共和党、テネ シー州選出)でさえ、「自己勘定取引をしてきた銀行のうち1行た りとも2008年に破たんの危機に直面しなかった」と、新規制案の有 効性に疑問を投げ掛けた。共和党、民主党議員とも、国民の怒りの 対象になっている銀行にてこ入れしていると見られるのを警戒して、 オバマ大統領の新提案に真っ向から反対することは避けていた。そ の一方、強い支持は全く聞かれず、公聴会には懐疑が充満していた。

いかにオバマ弁護士による名調子の論述とはいえ、パニック対応 では狙いが定まらず、最終回の逆転ホームランとは行かないだろう。 しかも、景気循環は明らかに後退期からの回復局面へと向かってお り、緩やかながらも成長が続けば、国民の怒りもある程度収まり、 改革への推進力はさらに弱まる。「百年に一度の危機」がもたらし た再生へのチャンスを逃した損失は大きい。

(FRBウオッチの内容は記者個人の見解です)

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