「東アジア共同体」構想が鳩山首相に迫る農政のパンドラ開封

鳩山由紀夫首相が提唱する「東ア ジア共同体」。地域的な経済統合を柱とするが、その一里塚となり得る 自由貿易協定(FTA)では、日本と主要貿易相手国との交渉の動き は鈍い。日本の農業市場開放が最大のネックとなっているためで、政 権交代を機に農業関係者の政治的圧力を乗り越えて抜本改革に手を付 け、農業の国際競争力を高めることが急務だとの見方が出ている。

世界貿易機関(WTO)が2001年に始めた多国間の貿易自由化交 渉(ドーハ・ラウンド)がこう着状態にある中、2国間で相互に関税 引き下げなどを進めるFTAや経済連携協定(EPA)の締結が世界 的に活発化。日本貿易振興機構(JETRO)の集計では、09年6月 現在、世界で発効済みのFTAは171件で、1989年の16件から加速 度的に増えている。

日本はこれまでシンガポールやメキシコなど11カ国・地域とFT Aを締結。しかし、貿易相手国別の輸出入総額で1、2位の中国と米 国をはじめ、欧州連合(EU)各国、韓国、オーストラリアなど主要 貿易相手国は含まれていない。JETROによると、FTA締結国が 日本の輸出総額に占める構成比(08年)は15.4%にとどまり、72%台 のドイツやフランス、米国の41.5%(ともに07年)などから大きく 水をあけられている。

早稲田大学大学院の浦田秀次郎教授は「FTA交渉をめぐる各国 の動きが速い中で、日本はもたついている印象だ」と語る。伝統的に 自民党の支持基盤だった農業関係者を保護する政策が「日本政府の交 渉の手足を縛ってきた」と指摘。しがらみの少ない新政権が農業市場 開放に向け、正面から切り込むべきだとの考えを示した。

16年前の宿題

1993年12月、スイス・ジュネーブ。日本を含む約120カ国・地域 の政府代表が、WTOの前身であるGATT(関税貿易一般協定)の 貿易自由化交渉(ウルグアイ・ラウンド)の7年越しとなる合意を目 指しぎりぎりの調整を続けていた。

土壇場まで難航した交渉はクリスマスを目前に妥結。それまで実 質的にコメの輸入を認めていなかった日本は、一定量の輸入枠を受け 入れる一方、反発する国内農家に対しては公共事業費など総額6兆 100億円を投じて懐柔に努めたが、農政改革の転機とは、成しえなか った。

通商産業審議官として交渉の先頭に立った岡松壮三郎氏(工業所有 権協力センター理事長)は、「日本の非農業分野の関税はほとんど下が っており、引き下げ余地は小さい」と指摘。各国が来年中の合意を目 指しているドーハ・ラウンド交渉では一段の農業市場の開放が不可欠 との見方を示す。当時、官房副長官として政府の一員だった鳩山首相 にとっても、「16年前の宿題」が持ち越されている格好だ。

インドの12倍

これまで政府は輸入米に対し水際で高関税を設定する一方、国内 では作付面積を減らす減反政策を進め、コメの価格維持に努めてきた。 農水省の元官僚で、経済産業研究所の上席研究員を務める山下一仁氏 は「自民党は減反で価格を維持することによって兼業農家の票を今ま で吸い上げてきた」と指摘する。その結果、日本のコメ価格は国際的 にみて高い水準に据え置かれ、国連食糧農業機関(FAO)のデータ (07年)では、インドの12倍、米国の7倍に達する。

鳩山政権は農政の柱として、コメの生産コストと販売価格の差額 を交付する「戸別所得補償制度」を掲げており、農水省は10年度予算 の概算要求にモデル事業を盛り込んだ。所得補償自体は海外でも導入 されている制度で、本来は生産意欲を刺激することで農産物価格を引 き下げ、国際競争力を高める効果が期待できる。

だが、今回の事業では対象農家が減反参加者に限定されるため、 抜本改革につながらないとの見方もある。山下氏は「減反に参加する のは規模拡大の意欲を持たない零細兼業農家」と述べ、現状の米価が 保証されると、こうした農家が温存され、農地集積化やコストダウン が進まないと指摘。減反を廃止した上で、主要な専業農家に限って所 得補償を実施すべきだと主張する。

みずほ総合研究所の菅原淳一主任研究員は、農業従事者が高齢化 し、耕作放棄地が増加している中、「現状を放置しておけば農業はます ます衰退していく」とし、「単にFTAやWTOに合意できないから農 業改革が必要だということではない」と強調する。一方で、「通商政策 を進め海外の成長を取り込まないと日本は立ち行かなくなる」と語り、 農業改革と通商政策の両面から取り組んでいく必要があるとの見方を 示した。

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