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野心家グリフィン氏がゴールドマンに挑む-期待の幹部去り危うさ内包

2008年5月、家族とインドでの 休暇を楽しんでいたロヒット・デスーザ氏(45)は、ヘッジファンド 会社シタデル・インベストメント・グループの創業者で最高経営責任 者(CEO)のケン・グリフィン氏(41)から電話を受けた。デスー ザ氏は米証券会社メリルリンチの株式トレーディング・セールス責任 者の仕事を辞めたばかりだった。グリフィン氏は、ヘッジファンドが かつて試みたことのない仕事のために、デスーザ氏に力を貸して欲し いと求めた。

つい2カ月ほど前には、米証券会社のベアー・スターンズが米銀 JPモルガン・チェースに飲み込まれ姿を消していた。米サブプライ ム(信用力の低い個人向け)住宅ローンで巨額損失を出した末の幕切 れだった。グリフィン氏がデスーザ氏に尋ねたのは、フルサービスの 投資銀行を経営してみないか、ということだった。

両氏はリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが破産法適用を 申請し、シタデルも破たんに近いとのうわさが渦巻いた昨年9月も対 話を続けた。シタデルの2大ファンド、ケンジントンとウェリントン は同月に16%の損失を出し、ポジション解消を進めていた。10月に ファンドの損失がさらに22%と膨らみ、ファンド清算を心配する投資 家をなだめようとグリフィン氏が電話会議を開くなかで、デスーザ氏 は承諾の返事をした。

1年後

1年後の今年10月29日、シタデルはデスーザ氏が退社すると発 表した。後任は社内で欧州と債券事業を統括しているパトリック・エ ドスパー氏。ヘッジファンド会社という台木に投資銀行を接ぎ木する というグリフィン氏の野望の実現は簡単ではなかったのかもしれな い。

大恐慌以来で最悪の金融危機のなかで投資銀行が次々と倒れ、自 身のヘッジファンド会社も揺らいでいたが、何の迷いもなかったとグ リフィン氏は振り返る。

リーマン破たんから1年後、ニューヨークのシティグループ・セ ンター48階の自社オフィスでグリフィン氏は、投資銀行を設立すると いう決断について「当社が生き残れることは分かっていた」と語った。

同氏はシタデルのファンドが運用資産の55%に相当する90億ド ル(現在のレートで約8220億円)を失った08年に、9キロほど太 った。今年9月までで資産が56%回復した間には少しやせたという。 シタデル創業以来19年間、他社が逃げ出す分野に進出するという同 氏の行動はいつも同じだった。シタデルを世界有数のヘッジファンド 会社に育て上げたのも、その結果だ。ブルームバーグのデータによれ ば、07年9月時点でシタデルは世界で16番目の規模のヘッジファン ド会社だった。シタデルはオプション事業でも、参入から4年以内に トレーディング会社のトップに躍進した。グリフィン氏自身も億万長 者になった。

70人体制

現在、シタデルは140億ドルを運用し従業員1200人を抱える。 証券(投資銀行)事業に携わるのは70人。そのうちほぼ半数は十数 社の顧客にアドバイスを提供、残りは185社の顧客のために売買を手 掛けている。グリフィン氏は証券引き受け事業にも参入する計画だと 語った。

「5年後には、セールスとトレーディングを手掛ける極めて優秀 な企業に成長していると思う」と言う。こうした発言はグリフィン氏 らしい。ハーバード大学の2年生だった22年前、寮の1室で転換社 債のトレーディングを始めて以来、同氏の姿勢は変わらない。

建築資材会社幹部の息子として生まれたグリフィン氏は、ハーバ ード大学を3年間で卒業。経済学の優等学位を取得した。シカゴに移 り、1年後にシタデルを設立した。

設立後最初の17年間の運用成績は年平均でプラス26%。07年 に運用資産は210億ドルのピークに達した。預かり資産の最大8%と いう業界標準の4倍の手数料を投資家から徴収した。フランス生まれ のヘッジファンド運用者、アンヌ・ディアスさんとパリ郊外のベルサ イユ宮殿の庭園で結婚式を挙げ、ボンバルディア社の私用ジェット機 を購入。2歳の息子のために機内にゆりかごを備え付けた。

大冒険

グリフィン氏の最新の企ては、ヘッジファンドを立ち上げたとき 以来の大冒険かもしれない。同氏の投資銀行「シタデル・セキュリテ ィーズ」は、金融市場の上げ下げから利益を得る代わりに、機関投資 家の顧客にサービスを提供するという全く種類の違う仕事での同氏 初の試みだ。

大手銀行と違ってシタデルのバランスシートは大きくない。企業 買収や投資のための資金を顧客に貸し付けることはできない。

ニューヨーク大学スターン経営大学院のロイ・スミス教授は、「シ タデルは銀行を設立するのがどれほど難しいかが分かっていないだろ う」と話す。元ゴールドマン・サックス・グループのパートナーでも ある同教授は、「この業界では大手がしっかりと地位を確立している。 大手の強さは増しており、新参者に市場シェアを渡すことはない」と 指摘した。

反対勢力

ライバルや元シタデル従業員などグリフィン氏の反対勢力は、同 氏が手を広げ過ぎだと言う。グリフィン氏中心の組織であるシタデル の歴史や上級幹部の頻繁な入れ替わり、大方のファンドよりも高い料 金を課すというグリフィン氏の悪い評判が邪魔になり、ゴールドマン やモルガン・スタンレーなど大手投資銀行との対等な競争は無理だと 論じる。さらに、ゴールドマンがウォール街随一の収益力を誇る投資 銀行になるのには1世紀以上かかったとの指摘もある。

一方、グリフィン氏のサポーターたちは同氏が成功しないと決め てかかるのは賢明でないと警告する。同氏は今までも、他者が苦境に 立った時点で参入し、成功を勝ち取ってきた。グリフィン氏は「新事 業を立ち上げて2007、08年の間に生まれた間隙(かんげき)のニー ズを満たすこのチャンスは、一世一代の好機だ」と同氏は話す。

そのために同氏は、デスーザ氏に白羽の矢を立てた。デスーザ氏 の元同僚によれば、同氏は秩序立ったやり方を好み性急な決断を下す 人間ではない。グリフィン氏とデスーザ氏の双方を知る人々は、この ようなデスーザ氏の性格が、短気で、一度は無くてはならないと考え た人材に対してもすぐに信頼を失うグリフィン氏との間にあつれきを 生んだのではないかとみる。

完ぺきな会話

細かいところに目が行くグリフィン氏は、仕えにくい上司かもし れない。元従業員の1人は、グリフィン氏と車に同乗するときには1 分につき10分間は持ちこたえる話題を用意したと話す。グリフィン 氏に何を聞かれても、完ぺきな会話をしてみせるためだ。

過去3年に9人の上級幹部がシタデルを去った。06年12月にシ タデルが5億ドルの社債を発行した際の目論見書に名前が載っていた 運用責任者5人のうち、今も残っているのは2人だけだ。

グリフィン氏は、シタデルの人の出入りの激しさはウォール街の 他社と変わらないと言う。

ヘッジファンド運用者の間には、同業者をもうけさせたくない、 あるいは自社の手口を知られたくないという理由で、売買の相手方と してシタデルを利用しないという声もある。

分からない

バルター・キャピタル・マネジメント(ボストン)の責任者、ブ ラッド・バルター氏は「運用者は常に、取引の相手方と自分の利益が 一致していることを確認しなければならない。シタデルと取引する場 合、それは後にならないと分からない」と述べた。

一方、シタデルを通じて銀行債や高リスク・高利回り債を売買し たことのあるオーク・ヒル・アドバイザーズ(ニューヨーク)のシニ アパートナー、スコット・クレーズ氏は、そんな懸念をばかげている と一蹴(いっしゅう)する。ほとんどの投資銀行は自己勘定のトレー ディング部門を持っているからだ。「そんなことを心配するなら、誰と も取引できない」と同氏は述べた。

(英語原文は「ブルームバーグ・マーケッツ」誌12月号に掲載)

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