ハイブリッド車は猫に化けられるか-走行音が静か過ぎて鳴き声が必要

騒音の低減が重要課題だった自動 車業界だが、走行音が静か過ぎると逆に危険という問題が出てきた。ハ イブリッド車や電気自動車の登場で、車は一段と静かになった。こうし た中、国土交通省は法改正を視野にハイブリッド車に音をつけることを 検討している。路上には「着メロ」や「猫の鳴き声」を出しながら走る 車があふれる可能性も指摘されている。

日産自動車・車両性能開発部の田畑俊幸氏は過去30年、車の騒音 低減に情熱を傾けてきた。それが3年前、静かになり過ぎた自動車に、 逆に音をつけるように命じられた。「葛藤ですよ。こんなに静かにでき るのに、なぜ今になって、という思いでした」と当時を振り返る。

田畑氏は1992年、日産自が乗用車「ブルーバード」に搭載した 「アクティブ・ノイズ・コントロール」という技術の開発を担当した。 車内に伝わるエンジン音を音波で消す技術。同社広報担当の米川満氏に よると、世界初の実用化で、航空機や新幹線、家電で取り組む先駆けと なった。

自動車メーカーは新車発売のたびに静寂さと快適性を競った。環 境省が初めて騒音規制を導入した71年には「加速時の走行騒音84デ シベル以下」(ガード下の騒音程度)だったが、99年には「76デシベ ル」(地下鉄の車内程度)になった。71年当時の乗用車1台分の騒音 は、99年以後の乗用車6台分に相当する。

ところが2006年、ハイブリッド車などが静か過ぎるという指摘が 出てきたことを受け、田畑氏の研究は一転、音をつける方向に向かい始 めた。10年に予定されている電気自動車の発売を睨んでのことだ。

ハイブリッド車は静か過ぎて危険

全盲の鈴木孝幸氏は5月、都内の住宅街で突然、鼻先を車が横切 り、持っていた白杖が折れたという。聞こえたのは、ゴムが路面に張り 付いて、そしてはがれる音。「あれはタイヤの摩擦音だったと後から分 かった」という。

社会福祉法人日本盲人会連合会(日盲連)は5月、トヨタ自動車 をはじめとする自動車メーカーなど8社に、静かな車を改善してほしい との要望書を提出した。ハイブリッド車の急速な普及で、視覚障害者が 危険な状態にあり、75%が恐怖を感じているという。

こうした指摘を受けて、国交省は7月、ハイブリッド車の静音性 に関する対策検討委員会を開いた。音に関する具体的な対策を検討する もので、エコカー減税・補助金効果でハイブリッド車が急速に普及して いることから、関連法令の改正を視野に年内に結論を出す予定。

いつ、どんな音をつけるか

日産自の田畑氏の取り組みは、チャイムやメロディの検討から始 まった。歩行者に車の接近を知らせるためだが、音を聞き続けている運 転者にはうるさかったり、オルゴールのように聞こえて眠くなったりす る。

基本的な考え方は、車両を想起させる音であること。エンジン音 をあらためてつけることも考えたが、歩行者や運転者、周辺住民がそれ ぞれ満足できる音を模索するうちに、東京芸術大学で作曲を手がける教 授と音楽理論を踏まえた音づくりを始めた。

日産自は10年に電気自動車「リーフ」を発売する。田畑氏は、こ の電気自動車に搭載することを念頭に「未来感があって美しい音」を選 び抜き、このほど試作品を完成させた。停車時、加速中の音に変化をつ け、車内に聞こえない特性の音を使った。

シンセサイザーの音色が柔らかく重なり続け、幻想的で癒される 感じの音だ。アクセルを踏むと加速に連動して音のピッチが高まり、 85年に公開された映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(ロバート・ ゼメキス監督)で、タイムマシン「デロリアン」が低空飛行していると きの音に似ている。

音が出るのは低速走行時だけにした。日盲連の鈴木氏は「危険を 感じるのは止まっている車が発信する時」、また「住宅街で時速20キ ロメートル程度の走行時」で、それ以上の速度で走る一般道路や高速道 路では「接点がないため」、音がなくても影響ないとしている。

路上に音が氾濫する

田畑氏の懸念は、せっかく美しい音をつくり上げても、法改正で 部品メーカーなどからさまざまな音のオプションが出てきて、逆に混乱 してしまうことだ。

現在の道路運送車両の保安基準では「車外に音を発する装置であ って警音器と紛らわしいものを備えてはならない」とある。これを改正 し、音をつけても違反でなくなったら、田畑氏は「着メロのように次々 と新しい音が販売され、ユーザーが選んだあらゆる種類の音が道路にあ ふれるのではないか」と危惧する。

カーエレクトロニクス総合メーカーのデータシステムは、ハイブ リッド車の接近を知らせるシステムの販売をすでに始めた。選べる音は 「猫の鳴き声」、「雨音」など16種類。「すいません」というタイト ルの音は道を尋ねられたかと思って振り向いてしまいそうな掛け声だ。 今のところ、注意喚起が必要なときに小型スイッチで操作する警音器の 扱い。広報宣伝部の松本英己氏によると、発売早々、ユーザーからの問 い合わせが相次いでいるという。

国交省の静音性検討委員会の第1回議事録によると、音について はメーカーごとに異なることのないように、できるだけ統一してほしい という意見が出ている。国内自動車メーカーでは日産自のほか、トヨタ やホンダなども音をつける研究を始めている。

世界に先駆けた法改正に

海外では、米国運輸省道路交通安全局(NHTSA)がハイブリ ッド車に音をつける規制の在り方を検討している。ワシントンDCで8 月に開かれた検討会には、日産自の田畑氏も出席し、今回つくった音の サンプルを公開した。広報担当のエリー・マーティン氏によると、NH TSAは来年1月に結論を出す予定。

国交省・自動車交通局の吉池明人・技術企画課係長は、検討が予 定通り進めば、国レベルで世界に先駆けての法改正になるとしている。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE