リーマンの余波:瞬く間に地球半周-個人投資家は泣き、プロは自殺も

香港で勤務した病院を退職したユ・ リアチュンさん(66)は昨年9月に取引先銀行から1本の電話を受け るまで、リーマン・ブラザーズ・ホールディングスという会社名は聞 いたことがなかった。

6月のインタビューで、ユさんは当時をこう振り返った。「『ニュ ースを聞きましたか。リーマンに何か起きている』と言われたのです が、何を言っているのか理解できませんでした」。

自らの資金は預金口座にあると認識していたユさんは、それが破 たんした米証券会社に貸し出されていたとは知らなかったのだ。彼女 は結局、120万香港ドル(約1430万円)を失ったことを知ったが、 同じ投資を自ら勧めた子供たちも380万香港ドルを失ってしまった。

ユさんは香港金融街の喫茶店で目をティッシュでそっとぬぐいな がら、「わたしのような者にこうしたことが理解できるはずがない。 時々、ビルから飛び降りたくなる」と語った。

米史上最悪の企業破たんが引き起こした高波は、地球を半周して ユさん一家を襲った。負債6130億ドル(約57兆円)を抱えて2008 年9月15日に倒れたリーマンは、想定外かつ広範囲に及ぶ影響をも たらし、同社と運命共同体になっていたとは気付いていなかった人々 に大打撃を与えた。

ロンドン、カリブ、香港

ロンドンでは、プライベートエクイティ(PE、未公開株)投資 会社の最高業務責任者(COO)が通勤電車に飛び込んだ。検視官の 報告書によると、同社の資金をリーマンの口座に置いていたとして、 自身を責めていた。キューバに近いタークス・カイコス諸島の一島で は、ホテル建設事業に従事していたイスラエル人のマネジャーが中国 人労働者に人質に取られた。予定していたリーマンからの借り入れが 実現せず、給与が支払われなかったからだ。そして香港では、リーマ ンの金融商品に投資していたユさん含む数千人もの人々が、雨のなか を「金を返せ」と大合唱する事態となった。

金融システムに組み込まれた米証券会社1社が債務を返済できな い事実に対するショックは、ニューヨークから全世界へと広がった。 まるで、国際通貨基金(IMF)でチーフエコノミストを務めたサイ モン・ジョンソン氏が作家カート・ボネガットの1963年の「猫のゆ りかご」になぞらえた最悪のシナリオだった。同小説では、架空の物 質「アイス・ナイン」が地球上のすべての水を固体に変えてしまう。

リーマンの破たん劇が過去の金融危機と異なるのは、パニックの 広がる速さだったと、ニューヨーク大学スターン校のリチャード・シ ラ教授は指摘する。1931年のオーストリアでの銀行破たんが英国の 金融システムに影響するのに半年を要したのに対し、「今回はすべての ニュースが瞬く間に広がった」と説明する。

見捨てられた人々

リーマンの破たんを受けた世界の信用市場の凍結はコマーシャル ペーパー(CP)を取引するプロから始まった。CPを抱えたマネー マーケット・ファンド(MMF)は顧客の償還請求で資産売却を焦っ た。米議会は7000億ドルの公的資金を活用する金融安定化法案を通 過させ、連邦預金保険公社(FDIC)は債務保証、連邦準備制度理 事会(FRB)は資産買い取りを通じて金融機関を支援した。

これらの措置は金融業界でのパニック拡大は防いだが、ユさんの ようにリーマンが絡んだ金融商品ミニボンドを購入した香港やシンガ ポール、台湾などの投資家は救われなかった。ミニボンドは企業の信 用を裏付けに個人向けに組成された証券で、5000ドル単位から販売。 組み込まれた企業が債務返済できないと、投資家が元本を失う仕組み だった。

しかし、犠牲になったのは香港で退職した人々だけではなかった。 プロの投資家もやられた。

プライムブローカー

リーマンがロンドンに拠点を置いたプライムブローカー事業の顧 客は、資金借り入れの担保として差し出していた株式や債券など推定 650億ドル相当の資産を同社が破たんした昨年9月15日に凍結され てしまった。約3500の顧客には700のヘッジファンドが含まれてい た。この資産については、いまだにリーマンの英管財人プライスウォ ーターハウスクーパースが作業を進めており、同社のトニー・ロマス 氏が8月に語ったところでは、一部の資産返却には最長10年かかる 恐れがある。

この影響がリーマンの顧客だった英PE投資会社オリバントのカ ーク・スティーブンソンCOOに及ぶのに10日しかかからなかった。 9月25日、当時47歳だった同氏はロンドンの西45キロのタプロー の駅で電車に飛び込んだ。検視官は自殺と断定。検視の段階で同氏の 妻は、リーマン破たんから1週間後に自殺をほのめかしていた様子を 語っている。

オリバントが昨年10月1日に公表した資料によると、凍結され た資産はスイスの銀行UBSの株式2.78%。当時、16億スイス・フ ラン(約1420億円)の価値があったという。

止まったプロジェクト

また、建設プロジェクトが止まった例はマンハッタンからカリブ 海のタークス・カイコス諸島にまで及んだ。リーマンが売却困難な不 動産投資を裏付けにしてローンを得ていたため、市況が悪化して債権 者がさらなる担保や資金返済を求めると、同社は身動き取れなくなっ たのだ。

カイコス諸島の一部、キューバの北東に位置するウェスト・カイ コスでは、リッツ・カールトンのホテル建設計画が中断したままだ。 マネジャー10数人を人質に取った中国人労働者には1週間後に「身代 金」を支払って、事態を収拾したとホテル開発会社のマネジング・デ ィレクター、ジョナサン・シーゲル氏は述べた。

ユさんのような個人投資家からヘッジファンド会社に至るまで、 リーマンの破たんが浮き彫りにした世界の金融システムの脆弱(ぜい じゃく)性は規制を一段と難しくし、金融のリーダーとしての米国の 課題を物語る。世界中がオフィスや工場、リゾート、住宅建設向けに 世界の資本市場を当てにし、資金調達をアレンジすることでウォール 街が利を得てきたためだ。

香港の調査会社アジア・インベスターズ・パートナーズのマネジ ング・ディレクター、フィリップ・ユィン氏は失われたのは米金融機 関に対する信頼だと指摘。「雇用喪失も景気低迷もすべてがある一つの 出来事につながっている。それはリーマンだ」と語った。

(リーマンの特集英文記事は、ここをクリックしてください)

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