リーマンの悪夢:襲われたMMF生みの親-運用資産の大半に償還請求

昨年9月15日、ポールソン米財務 長官(当時)は眠れない夜を過ごした後、マンハッタンの高級ホテル、 ウォルドルフ・アストリアのスイートを後にした。側近たちによると、 同日朝の米証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの破た んによる影響を最小限に食い止めるためにできることはすべてやった と感じていた。

前夜にニューヨーク連銀で開かれた緊急会議では、集まった主要 金融機関の最高経営責任者(CEO)らとともに、米史上最大の破た んで予想される2つの脅威の回避に取り組んだ。銀行はリーマン関連 のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の取引解消を数時間 にわたって試み、バーナンキ米連邦準備制度理事会(FRB)議長の 尽力によって銀行間融資も滞りなく継続されると自信満々だった。

その週末にワシントンに残っていたスウェーゲル財務次官補(当 時)は「物事は機能しているという感覚だった」と振り返る。

誰の脳裏をもかすめなかったのがブルース・ベント氏(72)のこ とだった。同氏はマネーマーケット・ファンド(MMF)の生みの親。 1971年にリザーブ・プライマリー・ファンドを創設した。MMFの 安全性を強調していた同氏は、リーマンが倒れる前日の日曜の夕方に 結婚50周年を祝うために妻とローマに発った。同氏のファンドはリ ーマンの債権7億8500万ドルを抱えていた。

資産規模625億ドルのリザーブ・プライマリーがこれだけのリー マンの債権を抱えていた理由は、主にコマーシャルペーパー(CP) の購入によるものだった。CPは企業が運転資金調達を目的に発行す るほか、金融機関も買収から住宅ローンの証券化に至る必要な資金を 工面するのに用いる。このCPの最大の購入者がMMFで、FRBに よれば、発行残高の約4割を保有している。

CPとMMF

世界経済を沈没寸前に陥れたのは、CDSでも銀行間融資でもな く、CPやそれを取引する3兆6000億ドル規模のMMF業界だった。 しかし、週末にニューヨーク連銀に集められた金融機関幹部らは自行 を守るのに精いっぱいで、空気のような存在のCPはまったく議題に 上らなかったと、同会合に参加した銀行首脳の1人は語る。

リザーブ・プライマリーは第一の犠牲者となった。9月15日午 前零時37分のリーマン破たん発表から13時間もたたない同日午後1 時、同MMFから直ちに現金を引き出したいとの顧客の要求額は180 億ドルに達した。ファンドの運用資産の4分の1を超える規模だった。

同日午後2時直前に、同MMF運用会社のリザーブ・マネジメン ト(ニューヨーク)はリーマンのCPを買い取って現金調達を支援し てくれる相手はいないと判断した。米証券取引委員会(SEC)が入 手した当時の電話会議の内容によると、同社のパトリック・レッドフ ォード最高投資責任者(CIO)はポールソン財務長官とバーナンキ FRB議長をののしり、「波及効果がどうなるのかを考えていたとは思 えない」と同僚3人に語っている。

ポールソン、バーナンキ両氏ともにコメントを控えている。

注目集めたリザーブ

MMF業界ではリザーブに注目が集まっていた。生みの親である ベント氏の立場やファンドとしても急成長したためだと、業界調査会 社クレーン・データのピーター・クレーン社長は語る。同社長によれ ば、ベント氏は何年にもわたり、CPはリスクが高いとして投資を避 けていた。CPは、借り手に支払い能力がなくなった場合に差し押さ えられる担保がないためだ。

それが住宅ローン危機で2007年8月にCPを含む信用市場が凍 結すると、状況が変わる。買い手不在のCPなど短期証券を簿外上に 抱えたシティグループなど金融機関が額面の半額で売りに出した。フ ァンド業界団体インベストメント・カンパニー・インスティチュート (ICI)によれば、ベント氏はこの時点から買いに回った。ICI によると、07年7月から08年7月にかけて、リザーブの資産に占め るCPの割合は1%から60%に跳ね上がった。運用利回りも業界平均 をわずかに下回る水準から、08年には同平均を0.4ポイント上回っ た。

リザーブは一段と顧客を引きつけ、運用資産も08年7月には670 億ドルに膨らんだ。前年同月は約300億ドルだった(ICI調べ)。 そしてベント氏が買い進めた資産の一部が、リーマンが07年8月に 発行したCPだった。これが最終的に7億8500万ドルに達した。

トップに君臨

リザーブ・プライマリーは08年9月初旬までには227の米MM Fのなかで運用利回りが上位3番目となり、ベント氏は「世界のトッ プに君臨していた」とクレーン社長は語る。「誰もが資産の伸びに酔い しれていた。ベント氏だけじゃない」。

しかし、同ファンドも償還請求で9月15日に沈みかけた。ベン ト氏はローマから電話をかけまくっていた。その10カ月後のインタ ビューで同氏は「わたしは千里眼ではない。リーマンが破たんすると は思わなかった」と述べている。

9月16日の火曜日。リザーブ・プライマリーでの取り付け騒ぎ は続いていた。リーマンの破たんから同日午後3時までの間に顧客が 返還を要求した金額は399億ドルに上り、同ファンド資産の半分余り に達していた(クレーン・データ調べ)。しかし、リーマンの債権を売 りたくとも買い手はみつからなかった。

ベント氏の息子でリザーブ社長のブルース・ベントⅡ氏は「ハリ ケーンの真っただ中で、刻一刻とスピードが変化して方向が定まらな い風の速度を測るようなものだった」と4月29日に電子メールを通 じてブルームバーグ・ニュースのインタビューで当時の混乱を語って いる。

9月16日の午後5時4分、リザーブ・プライマリー元本割れの ニュースはかけめぐり、われ先に資金を取り戻そうとするレースの火 ぶたは切られた。

(リーマンの特集英文記事は、ここをクリックしてください)

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