【FRBウオッチ】米経済「極寒の夜明け」-クレバスに落下も

バーナンキ米連邦準備制度理 事会(FRB)議長は21日に開かれた下院金融委員会の公聴会で、 「景気には安定化への暫定的な兆候が見られる」と指摘、景気後退 の谷に接近しているとの認識を示した。マクロ経済統計も急速な下 降の後、底入れをうかがう態勢にあり、議長の発言を裏付けている。

もっとも、今回の経済統計の落ち込みは1930年代の大恐慌以 来の厳しさがあり、極寒の中で夜明けを迎えることになろう。経済 学者で、大統領候補にもなったことのあるロン・ポール下院議員 (共和党、テキサス州)は、「バーナンキ議長は今回の金融・経済 危機を事前に警告したことは一度もなかった。議長の経済予測はま ったく信頼を失っており、景気後退からの出口だけを鋭く言い当て ることはできない」と手厳しい。

コンファレンスボードが議長証言の前日に発表した6月の景気 一致指数(2004年=100)は前月比0.2%低下の100.3と、マ イナス幅が縮小。底打ちの兆しが表れてきた。同統計でさかのぼれ る1959年以降、前回まで7回の景気後退期を見ると、同一致指数 の底入れは景気後退の谷とほぼ完全に重なっている。

今回の景気循環局面では景気一致指数は2007年10月に

107.3でピークを付けて、下降に転換。その2カ月後の07年12 月に景気後退に突入した。

同一致指数は、リーマン・ブラザーズ破たんに見舞われた昨年 9月に前月比1.2%と今回の景気循環局面で最大のマイナスを記 録。翌月は急落から小反発したものの、11月には0.7%低下。年 が明けて1月には0.9%低下と下降ペースが加速していた。

深い落ち込み

景気一致指数は前年同月比で見ると今年6月に5.7%低下と、 5月の5.9%低下からマイナス幅が縮小した。このマイナス幅縮 小は昨年10月以降初めてのことで、景気後退の終息を強く示唆し ている。

前回の景気後退(2001年3月―同年11月)は、同景気一致 指数が同年11月に97.4でボトムを形成していた。このときは谷 も浅く、2000年12月に記録した99.20のピークからの低下率は わずか1.8%に過ぎなかった。

今回は2007年10月に記録した107.3のピークから今年6 月現在で、既に6.5%も落ち込んでいる。スタグフレーションに 見舞われていた1981年7月から82年11月の景気後退期でさえ、 景気一致指数のピークから谷への落下率は3.7%だった。しかも、 82年11月の景気底入れから1年後の83年11月には6.2%も反 発していた。

超金融緩和は長期化へ

前回景気後退からの回復局面では、谷から1年後にわずか

0.4%の上昇にとどまっていた。景気一致指数はその後も2003年 6月までほぼ底ばい状態で推移している。グリーンスパンFRB議 長(当時)率いる連邦公開市場委員会(FOMC)は、同年6月 25日に最終利下げを断行していた。

同議長は景気一致指数が長いトンネルを抜け出すところで、最 終利下げに踏み切っており、緩和の行き過ぎは明白だった。今回も 同指数は景気底入れから、相当の期間にわたり底ばい状態が続く可 能性が高い。この傾向は雇用なき回復と言われ始めた1990年代前 半以降に目立つようになり、21世紀に入ってから一段と鮮明にな ってきた。

バーナンキ議長は21日の議会公聴会で、「雇用が安定するま で、金融緩和を継続する」と明言しており、超緩和策はグリーンス パン時代よりもさらに長期化する可能性が高い。

フェルドシュタイン教授

今回は史上最大級の金融バブルが破裂した後だけに、回復過程 の前途は2000年代前半の比ではあるまい。景気一致指数で6.5% もたたき落とされた極寒の地では、日が昇っても地平線をかすめる 程度の低い高度にとどまり、すぐ日没を迎えることになる。行く手 にはクレバスも潜んでいる。春の訪れはなお遠いと言わざるを得な い。

ハーバード大学のマーティン・フェルドシュタイン教授は21 日、ブルームバーグテレビジョンとの会見で、「米経済は第3四半 期に横ばいか、もしくはプラス成長になる可能性がある。しかし、 政府による景気刺激策の効果が薄れ、企業が在庫構築を終える第4 四半期に再びマイナス成長となる可能性が高い」と語った。

今回は雇用なき回復が一段と深刻化。景気はいったん谷をつけ たと見えても、再度落ち込むリスクが高い。フェルドシュタイン教 授はまさにその点を突いている。

一致指数系列を個別にみると、FRBが1920年から記録して きた鉱工業生産指数は昨年秋に崖から落下。前年同月比で今年6月 に13.6%低下している。これは第2次世界大戦終了直後の1946 年以降で最大の落ち込みである。マイナス幅こそ5月の13.5%と ほぼ同率にとどまってきたが、傷は深い。

崖から転落

米経済をけん引してきた個人消費も昨年夏から急降下。前年同 月比でみると昨年12月には統計でさかのぼれる1960年以降で初 めてマイナスに突入。なおマイナス幅を広げている。

どの統計も米経済が崖から落下したことを裏付けている。サマ ーズ国家経済会議(NEC)委員長は今月17日にワシントンで講 演、「米国経済は今年初めに破局の淵をのぞいたが、そこからある 程度明確な距離を引き返してきた」と述べた。しかし、経済統計は 米国経済が現実に谷底に向かって墜落したことを如実に示している。

FRBの異例の資金供給がクッションを提供、谷底に落下しな がらも、瀕死(ひんし)の重傷は免れたということだろう。谷底か らはい上がり、さらに山の頂を目指すには気の遠くなるような長い 道のりが待っている。

ルーズベルト大統領

確かに1930年代の大恐慌時の経済統計の落ち込みはすさまじ かった。鉱工業生産指数は32年7月に前年比31%急降下してい た。しかし、ここをボトムにして、マイナス幅が急速に縮小。9カ 月後の33年4月にはマイナス圏を脱していた。

ニューディール政策により大恐慌を克服したことで名高いフラ ンクリン・D・ルーズベルト大統領は33年3月4日に就任した。 この時点でまさに大恐慌は谷を形成した。鉱工業生産指数は株価大 暴落に見舞われた1929年10月から2カ月後の同年12月に前年 同月比で5.8%低下とマイナスに転じ、その後なんと3年4カ月 にわたり水面下に沈んだ。

鉱工業生産指数はルーズベルト大統領が就任した翌月には前年 比で横ばいに転じ、5月には同21%も急伸した。同年7月には 62%と驚異的な伸びを記録している。同大統領がニューディール 政策の核となる産業復興法案に署名したのは同年5月だから、この 回復はニューディール政策というよりも、景気循環の力が相当程度 貢献していたはずだ。米国経済は発展途上にあり、大恐慌の調整過 程で強靭(きょうじん)な底力を蓄えていたのだろう。

製造業は衰退期

米経済は19世紀末から始まった電信電話、鉄道、重工業を中 心とする第二次産業革命を先導。20世紀に入って自動車の大量生 産を主導し、覇権国に上り詰める途上にあった。

今回はそれから約80年が経過。製造業は1960年代に最盛期 を迎え、既に衰退期に入っている。日本の鉱工業生産指数が今年2 月に前年比で38%も急低下しているのに比べ、米国の落ち込みは 小さいとも言える。しかし、これは米国の生産力が強いからではな く、製造業が既に相当期間にわたり縮小してきたからである。急落 するほどの余地もないということだ。

むしろ、経済成長をけん引してきた個人消費の落ち込みの深さ が目立つ。個人はいきなり生活様式を変えられないため、表面的に は生産ほど大きな落ち込みは見られなかったということだろう。ガ イトナー 財務長官は米中戦略・経済対話で、財政赤字圧縮とともに、貯蓄率 の引き上げを公約しており、構造的に個人消費は抑制される方向に ある。

回復過程は大恐慌時代より厳しい

サマーズ委員長は、大恐慌のような事態は避けられたと胸を張 ったが、ここからの回復は大恐慌時代より厳しいものとなるだろう。 鉱工業生産は大恐慌時代のような鋭角的な回復は望むべくもない。

さらに、大恐慌から3世代ほど経過して、労働者の新たな職に 対する適応力も弱まっている。グリーンスパンFRB議長(当時) は2005年11月3日に開かれた上下両院経済合同委員会で、雇用 の改善策について、「これからは生涯に2つ以上の職に就けるよう に訓練すべきだ」と、国民にハッパをかけていた。

確かにグリーンスパン氏はクラリネットとテナーサックス奏者 からエコノミストに転じたが、プロの演奏家としての活動はわずか 1年で見切りをつけての転身だった。同氏のように変わり身の早い 人はそう多くはいないだろう。

1930年代の大恐慌を克服したルーズベルト大統領はニューデ ィール政策で土木工事や植林といった公共事業を多用し、数百万人 の雇用を創出した。

雇用拡大に即効薬なし

オバマ大統領もルーズベルト大統領をまねて大規模な財政出動 を実行しているが効果は限られている。土木工事に適応できる労働 者は30年代に比べれば相対的に激減している。さらに、ハイテク の浸透に伴い、熟練工以外の労働者の需要は大幅に後退してきた。 環境関連の新事業も雇用創出への即効性は期待できない。

さらに巨額の公的資金投入や財政の大盤振る舞いは、本来なら 退出を余儀なくされる企業を生き延びさせ、新たな発展への芽を摘 みかねない。これもバーナンキ議長が春先に見たと感じた新芽が幻 に終わった一因であろう。

巨大バブルの破裂は経済の構造変革を促すメッセージでもある。 このメッセージを無視したFRBの大量資金供給は重症患者に対す る輸血にすぎない。オバマ大統領の財政刺激策は栄養剤の注入とい ったところか。こうした集中治療により、バーナンキ議長の言う 「安定化への暫定的な兆候」は見えてきたが、問題は容体の安定か ら、完全な健康体に戻ることができるかどうかだろう。それには構 造改革という厳しいリハビリを避けて通れない。

新「マーケットの三銃士」

米経済は1930年代の大恐慌を克服した後、一大発展期を迎え、 世界の覇権国に上り詰める。この発展期は1970年代の狂乱インフ レを招いていったん終息した。この転換期を乗り切ったことで名高 いボルカー元FRB議長は当時、「この長い調整サイクルはすべて の国民にメッセージが届くまで続くだろう」と語り、長期的な調整 を現実のものとして受け止めるよう訴えていた。

ボルカー氏は2008年1月に大統領候補だったオバマ氏への支 持を表明。選挙戦中は大いに重用された。しかし、政権発足後はサ マーズNEC委員長とガイトナー財務長官が経済政策の実権を握り、 ボルカー氏の役割は後退したといわれる。

サマーズ氏は1990年代後半の好況期にクリントン政権のル ービン財務長官、グリーンスパンFRB議長とともに「マーケット の三銃士」とうたわれた。サマーズ氏は当時、財務副長官を務めて いた。マーケットの三銃士は金融市場の規制緩和を推進、史上最大 のバブル膨張に加担している。

ガイトナー財務長官はルービン、サマーズ両氏の薫陶を受けて、 弱冠38歳で財務次官に昇格している。バーナンキ議長は生粋の自 由市場主義者であり、サマーズNEC委員長を核に新「マーケット の三銃士」が形成された格好だ。

ミスマッチ

しかし、サマーズ、ガイトナー両氏は旧三銃士時代の影を引き ずっている。バーナンキ議長もグリーンスパン前議長の手法を引き 継ぐと宣言していた。なによりも、前議長が在任18年間に築き上 げたFRBの構造はその強力な官僚機構が守り、バーナンキ議長を 飲み込んでいる。同議長はグリーンスパン議長に劣らず、実利的な 変容が巧みである。オバマ政権の経済首脳との協力にも抜かりはな い。

装いを新たにした「マーケットの三銃士」だが、実体経済とバ ランスの取れた形に金融システムを変革し、21世紀の構造改革を 推進するにはミスマッチにみえる。金融システムを強化すれば、実 体経済がついてくるといった金融至上主義そのものが構造改革を迫 られているからだ。

(FRBウオッチの内容は記者個人の見解です)

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