【経済コラム】バーナンキFRB議長の君主制廃止を-A・スレイズ

英女王エリザベス2世の下には最 近、英国の経済専門家から金融危機を予測できなかったことを謝罪す る手紙が届いている。一方の米国では状況が異なり、エコノミストら は自国の君主に謝るどころか、君主を批判している。

米国における君主とは、米連邦準備制度理事会(FRB)の議長 職のことだ。現状では、FRBは英国王室よりも強い権限を持ち、世界 経済への介入でほぼ無制限の自由裁量権が与えられている。

FRBは1913年に創設された。米議会は30年代にFRBの権限 を強化し、第2次大戦後にはさらに、金融だけでなく経済成長全般を 監視する役割を担わせた。

71年までは、FRBの裁量権をチェックする仕組みが少なくとも 理論上は存在した。それは金本位制度(後の金為替本位制度)で、FR Bが過剰に資金供給した場合には資本が低インフレ国に向かうため、米 経済の収縮が余儀なくされた。中銀当局者がマネーの創造をコントロー ルしていたのは、リセッション(景気後退)の責めを負いたくなかった からだ。

だがニクソン元米大統領が71年8月に金為替本位制度からの離 脱を決めたことで、この仕組みは壊れた。それ以降、米経済は君主で あるFRB議長と臣下の米連邦公開市場委員会(FOMC)メンバー の手に委ねられることになった。

中銀当局者の実績は、君主の地位に値しないことを示している。

ひどい選択

中銀当局者は常に、失業とインフレは二律背反の関係にあり、 国家は2つの害悪の1つを選ばざるを得ないと主張した。70年代は、 雇用なきインフレという2つの害悪が併存した。

グリーンスパン前FRB議長や現職のバーナンキ議長、そして多 くの中銀当局者は誰もが現在の危機を予測できなかった。しかも、超 低金利を継続したことで危機を招いた可能性もある。

なぜFRBが低金利を維持したのかという疑問については、01年 9月11日の米同時多発テロと03年のイラク戦争開始が答えの一部だ と考えられる。米国は海外で戦争中に経済問題を抱えたくはなかった。 また、グリーンスパン前議長もバーナンキ議長も低金利政策を維持し たかったという恣意(しい)的な理由が一部にあったのは明らかだ。

バーナンキ議長の約束

バーナンキ議長はFRBでまだ臣下の1人に過ぎなかった02年に エコノミストのミルトン・フリードマン氏の功績をたたえるイベント で講演し、フリードマン氏が先に指摘していた大恐慌時代の金融当局 の誤りに言及。大規模なデフレと信用危機を招いた当時の金融当局の 失敗を「繰り返さない」と約束していた。

しかし、今月26日のカンザスシティーでの講演では、バーナンキ 議長は現在の危機が既に大恐慌よりも悪化している可能性もあると述 べた。言い換えれば、現在のFRBの政策が十分な効果を上げていな いか、あるいは機能せず、状況を悪化させているという意味であり、 バーナンキ議長と故フリードマン氏が望んでいたようなおめでたい結果 ではまったくない。

米政府にはこの君主制を終わらせる権力がある。エコノミストの 代わりに経済学を用いて、FRBの自由裁量を自動的に抑制するルー ルに基づいた仕組みを導入すればいい。そうすれば経済モデルを実験 し、成績に応じて議会に継続の是非を決めさせることが可能になる。

こうした実験の一つとして、スタンフォード大学のジョン・テー ラー教授(経済学)が提唱したテーラールールを試すことも可能だろ う。テーラールールは、インフレ率と雇用、金利のパターンを加味し た公式に従って短期金利の適正水準を設定すべきだとするもの。同教 授は2月に発刊した著書で、政策金利はこの10年の大半は同ルールか ら示される水準を逸脱していたと指摘した。FRBがテーラールールに 従っていれば、実際よりも金融緩和は進まず、住宅ブームは抑制されて いたかもしれない。

夏の別荘

現在、グリーンスパン前議長やバーナンキ議長、あるいはもう一 つの君主組織である米財務省の当局者を批判する数千ページに上る論文 が幾つものの夏の別荘で執筆されている。

たが、問題はバーナンキ議長やグリーンスパン前議長や宮廷の取 り巻き連中ではない。そもそもこの君主制が存在することに諸悪の根源 があるのだ。 (アミティ・スレイズ)

(アミティ・スレイズ氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニ ストです。このコラムの内容は同氏自身の見解です)

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