【書評】元リーマンのトレーダーが描く「9/11」は家族への賛辞

午前9時からのミーティングに出 るため、ワールド・トレード・センターの上昇中のエレベーターに乗 っていた債券トレーダーのカイルは、異常な振動と横揺れを感じた。

「今何時かな」。同僚が聞いた。「15分前だ。まだ時間はあ る」。カイルは答える。

2001年9月11日のことだった。スコット・ラッサー氏の3冊目 の著書「ザ・イヤー・ザット・フォローズ(仮題:その後の1年)」 の登場人物の多くには、カイルが考えたほどの「時間」は残されてい なかった。

元リーマン・ブラザーズ・ホールディングスの国債トレーダーの ラッサー氏は、省くことの効果を知っている。カイルの最後の言葉が 刻まれた次のページにはただ、「2002」と年号が記されているだけだ。 9月11日の米同時多発テロ事件の爪跡は、その数字を囲む真っ白い スペースの中に吸い込まれていくようだ。

物語は、カイルが別れたガールフレンドに男の子の赤ん坊がいる ことを知ったところから始まる。自分の子ではないかと疑った。カイ ルの姉のキャットは、ともに育ったデトロイトで、ほぼ女手一つで息 子を育てている。姉弟は1975年の早過ぎる母の死を今も引きずって いる。父親のサムは何十年もの間、キャットに何かを隠している。

カイルがワールド・トレード・センターのノース・タワーに消え てから11カ月たっても、キャットはカイルの元ガールフレンドとそ の息子を探していた。キャットは毎朝ニューヨーク・タイムズのウェ ブサイトにアクセスし、9/11の犠牲者の死亡記事欄をチェックす る。手掛かりは「シオバン」という元ガールフレンドのファーストネ ームと、弟のアパートで机の引き出しから見つけた2枚の写真だけだ。

やがて、何カ月も音沙汰のなかった父親が電話をかけてくる。カ イルの初の「ヤールツァイト(ユダヤ教の年忌)」をカリフォルニア でしようという誘いだった。

「誰かが死んだ時は、その後の1年を悼んで過ごした後、ろうそ くの明かりを手向けて、礼拝で死んだ者の名前を読み上げ、そして、 人生の先へと進むものだ」と父は説明する。

キャットは不思議に思う。母はカトリックだったし父は無宗教だ ったはずだ。一方、父親には、断食してざんげの祈りをするユダヤ教 の祝日「ヨーム・キップール(贖罪の日)」にキャットの祖父とハム とチーズのサンドイッチを食べた思い出がある。

「ろうそくをともしてカイルの名前が教会で読み上げられるのを 聞くために3000キロ以上を旅しろって言うの?」とキャットは尋ね る。

「教会じゃない、寺院だよ。ユダヤ教の儀式なんだ」。サムは答 える。

80歳のサムは息切れがして心臓のバイパス手術を必要だ。娘が 自分の手の届かないところへ行ってしまいそうで不安を抱いている。 第二次世界大戦中は海軍に属し太平洋戦線で戦った。乗船していた駆 逐艦に日本海軍の零戦(零型戦闘機)が急降下してくる悪夢に今なお 襲われ目を覚ますことがある。

一方のキャットは自分の才能を十分に生かせていない。住宅ロー ンのブローカーとしてかつかつの生活をしながら人生を立て直そうと している。毎朝アパートの周りを何周もジョギングし約4キロやせた。

物語は対話形式で進んでいく。ごく普通の会話の一言一言に意味 が隠されている。サムとキャットは手探りでお互いを探している。人 生の失われた何かを見つけてもう1度完全な姿に戻そうとして。この 2人の旅は、家族の絆を強め、そしてしばしば引き裂く見えない力へ の、豊かで複雑な賛辞だ。 (ジェームズ・プレスリー)

(ジェームズ・プレスリー氏はブルームバーグ・ニュースの書 評 家です。この評論の内容は同氏自身の見解です)

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