野村元会長の田淵氏が26日死去、心不全で-グローバル企業へ育成(3)

野村証券(現野村ホールディングス)の田 淵節也元会長が26日午後に心不全のため死去した。84歳だった。野村HDが28 日発表した資料によると、通夜、葬儀は遺族の意向により、近親者のみで行う予 定。後日、「お別れの会」を予定している。

田淵氏は1947年京大卒業後、野村証券に入社。常務取締役や専務取締役を 経て、78年に社長に就任、85年には会長職に就いた。

80年代後半、日本はバブル景気に沸いて株式市場も活況を続け、同社の株価 は87年には6000円目前まで上昇(今年6月27日終値は1586円)した。当時、 日本の4大証券と言われた中で、田淵氏が会長としてけん引していた同社は、収 益面などで群を抜く強さを発揮。時価総額は87年に760億ドルとメリルリンチ の約18倍にもなっていた。

東京に拠点を置くヘッジファンド、ウイングアセットマネジメント代表で野 村グループでも働いた経験のある羽賀誠氏は、「日本の高度成長期は田淵氏抜き には語れないだろう」と述べた。また、「カリスマと求心力を持ち合わせた人物 で、同社を証券界のガリバーとして成長させた」と述べた。

また、アル・アレツハウザー氏は著書「ザ・ハウス・オブ・ノムラ」の中で 野村が国際的に活躍するようになったのは多くのところ田淵元会長によるところ が大きいと述べている。田淵元会長は「既に飽和した日本市場」から外に出る機 会を探求し、同社の幹部達を海外のオフィスに度々派遣させた。

同氏は、日本証券業協会会長などを歴任、証券界の顔として一時代を築いた。 さらに証券会社の経営者として初めて経団連(現日本経団連)の副会長にも就い たが、その後、91年に大口顧客への損失補てん問題などの証券不祥事で相談役に 退いた。一時、取締役に復帰したが、総会屋への利益供与事件により97年に辞 任した。

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