福井日銀総裁:総裁空席は歴史上異例で残念-白川副総裁が代行(3)

日本銀行の福井俊彦総裁は任期満了となる 19日夜に退任会見を行い、次期総裁が空席となることについて「歴史的に極め て異例であり、残念なことだ」とした上で、空席が長期化することへの懸念を示 した。退任後の総裁代行には副総裁となる白川方明氏が就くことを明らかにした。

福田康夫内閣は18日、福井総裁の後任候補として田波耕治国際協力銀行総 裁を提示したが、19日の参院本会議で同意を得られず、20日から日銀総裁が空 席となることが決まった。副総裁として同意が得られた白川元日銀理事と西村清 彦日銀審議委員は20日付で就任する。日銀法22条に基づき、総裁が空席の間、 総裁代行に白川副総裁、同副総裁の代理は西村副総裁が行う。

日銀は白川副総裁、西村副総裁の下で21日午前に政策委員会を開き、互選 により金融政策決定会合の議長を選出する。白川副総裁と西村副総裁は同日夕に 記者会見する。福井総裁は総裁空席の影響について「どこの組織でも、トップを 欠いた状態で長く好ましい運営実績を出していけるかどうかというのは当然、誰 しもが疑問を持つところだ」と述べた。

任期を振り返り「特別な感想はない」

福井総裁は両次期副総裁に対し「先頭に立って日銀のマシーンを引き続き しっかり駆動していってもらいたい」と述べた上で、「トップを欠いた状態であ っても、私は職員の実力をよく知っている。信認が落ちるような運営はなされな いだろうと私は信頼している」と語った。

福井総裁は5年間の任期を振り返って感想を聞かれ、「5年間を振り返っ て特別な感想はない。日銀の政策委員会および執行部、このマシーンは非常によ く回転したと私は感じている。私自身はこのマシーンのエンジンの音をいつも確 かめながら、もっぱら前を向いて全力投球、あるいは全力疾走してきた。こうい う感じだ」と語った。

やり残した仕事はたくさんある

最も印象的な出来事としては、2003年3月の就任時を挙げて、「日本経済、 金融の姿は、どこに出口を見いだしていくか、本当に思い悩むような状況だった し、着任の日にイラク戦争が始まるというふうに、言ってみれば非常事態から物 事が始まった。そのことを思い出してみると、任期中にいわゆる量的緩和から脱 却できるのか、このことすら考えると恐ろしい気持ちで仕事を始めた」と述べた。

福井総裁はさらに、「3年ほど経過した時点で量的緩和から脱却し、新し い金融政策のフレームワークを打ち立てることができ、その後、政策金利の水準 は低いけれど、金利機能のしっかり働くマーケットというところまでは何とかこ ぎ着けた。こういったところは私の印象に残っている」と語った。

福井総裁はその上で、金利正常化に関して「道半ばかもしれないが、正常 化を急いで失敗するよりは、やはり確実な判断で進んでいった方がいいと思って おり、やり残した仕事はたくさんある。それはもう間違いない。しかし、私は5 年間という任期にエネルギーをフルに注いでいるので、やり残した仕事をさらに やるだけのエネルギーは残っていないと思っている」と述べた。

主な一問一答は次の通り。

――5年間を振り返って感想は。

「5年間を振り返って特別な感想はない。日銀の政策委員会および執行部、 このマシーンは非常によく回転したと私は感じている。私自身はこのマシーンの エンジンの音をいつも確かめながら、もっぱら前を向いて全力投球、あるいは全 力疾走してきた。こういう感じだ。それ以上、特別の感想はない」

――総裁が空席になることはどうみるか。

「後任がこの時点で任命されていないのは、歴史的にも極めて異例であり、 残念なことだと思っている。2人の副総裁が20日付で任命されると思うが、こ の両輪が先頭に立って日銀のマシーンを引き続きしっかり駆動していってもらい たい。そう願っている」

――本日退任する武藤副総裁、岩田副総裁とはどんな話をしたのか。

「本店の隅々まで3人で一緒に回り、皆さん、5年間、非常によくがんば ってもらったので、お礼を申し上げた。特に3人で話し合ったことはないが、3 人それぞれ持ち味は違うが、5年間の協力体制はお互いにしっかりしていたとお 互いに感じ合ったと思う」

――日銀総裁の空席の影響をどうみるか。

「どこの組織でも、あるいはどこの会社でも、トップを欠いた状態で長く 好ましい運営実績を出していけるかどうかというのは、当然、誰しもが疑問を持 つところだ。それだけ組織に余計負荷がかかるということなので、有能な両副総 裁を先頭にこの負荷をきちんと背負って前進してほしい」

――総裁の空席は日銀に対する信認を低下させないか。

「日銀がトップを欠いた状態であっても、私は職員の実力をよく知ってい る。信認が落ちるような運営はなされないだろうと私は信頼している」

――福井総裁の続投の話も出たが、意欲はあったか。

「私は5年間、日銀総裁の役割を果たさせていただいて、日銀総裁という 仕事はやりたくてやるものではないとつくづく感じている。私は5年間の任期を 全力を注いで全うする、これに尽きるのであって、そこに余力を残しているとか、 さらにやりたいとかいうような気持ちを持ったことは1度もない」

――総裁退任後の人生設計はどう考えているのか。10年前は「世間に迷い出 る」という発言もされたが。

「これから先どうするか、何も決めていない。これからよく考える。もう 迷い出るというような年ごろでもないので」

――5年間の任期でも最も印象に残った出来事は何か。

「5年前に着任したときに日本経済、日本の金融の姿というのは、本当に どこに出口を見いだしていくか、思い悩むような状況だったし、おまけに着任の 日にイラク戦争が始まるというふうに、言ってみれば非常事態から物事が始まっ た。そのことを思い出してみると、私の任期中にいわゆる量的緩和から脱却でき るのかと。このことすら、考えると恐ろしいという気持ちで仕事を始めた」

「従って、3年ほど経過した時点で量的緩和から脱却し、新しい金融政策 のフレームワークを打ち立てることができ、その後、政策金利の水準は低いけれ ど、金利機能のしっかり働くマーケットというところまでは何とかこぎ着けた。 こういったところは私の印象に残っている」

「(金利正常化の)道半ばかもしれないが、正常化を急いで失敗するより は、やはり確実な判断で進んでいった方がいいと思っており、やり残した仕事は たくさんある。それはもう間違いない。しかし、私は5年間という任期にエネル ギーをフルに注いでいるので、やり残した仕事をさらにやるだけのエネルギーは 残っていないと思っている」

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