次期日銀総裁の下でどうなる金融政策-経済不透明で利下げ観測も(2)

政府は7日、19日に任期満了を迎える日本銀 行の福井俊彦総裁の後任に武藤敏郎副総裁を昇格させる人事を与野党に正式に 提示した。副総裁には元日銀理事の白川方明京大教授、伊藤隆敏東大大学院教 授の2人を提示した。国際金融市場の動揺で世界経済の不確実性が増す中、新 総裁の下で日銀が利下げに踏み切るとの見方も出ている。

国会同意が必要な日銀総裁人事には、参院第1党である民主党の賛成が不 可欠。市場では、福井総裁の退任後に日銀総裁が空白になる可能性が取りざた されたが、国会の承認手続きに必要は日数から判断してぎりぎりの提示となっ た。ただ、武藤副総裁の昇格に難色を示してきた民主党が政府案をすんなり認 めるかどうか、なお予断を許さない。

米サブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン問題の拡大による国 際金融市場の混乱や内外の景気後退懸念から、市場では「利上げは当面不可能」 (日興シティグループ証券の佐野一彦チーフストラテジスト)との見方が強い。 「日銀は今年5月、早ければ4月に利下げに踏み切る」(BNPパリバ証券の河 野龍太郎チーフエコノミスト)との声も出ている。

日銀は柔軟路線に転換

武藤副総裁は1月10日、札幌市で行った講演で、日本経済について「生産・ 所得・支出の好循環のメカニズムは一時的に弱まっている」と指摘。その後の 会見では「将来、緩やかな拡大を続けるという判断を申し上げたが、それは標 準的な見方、あくまでもメインシナリオという意味で申し上げているわけで、 それにはリスクがあることは念頭に置いておかなければならない」と語った。

モルガン・スタンレー証券の佐藤健裕チーフエコノミストは「新体制発足 後の4-6月に日銀は0.25%の利下げに踏み切る」と予想している。その際、 重要になるのが4月30日に公表される経済・物価情勢の展望(展望リポート)。 佐藤氏は「そこでの課題は中期景気シナリオと政策ロジックの見直しだ。両者 とも日銀と市場の見方が大きく乖離(かいり)しており、見直しは急務」と言 う。

門間一夫調査統計局長は1月25日の講演で、政策金利について「日本経済 にデフレ圧力が強まるようなことが起こったときは、0.5%だからといってビタ 一文動かせないかというと、そこまで硬直的には考えていない」と発言。西村 清彦審議委員も1月31日に熊本市で会見し、「すべての選択肢は排除するわけ ではない」と述べるなど、日銀もリスクに対応した柔軟姿勢を示し始めている。

高まる利下げ確率

日銀は2月15日発表した2月の金融経済月報で、景気は「当面減速するも のの、その後緩やかな拡大を続ける」という情勢判断を据え置いたが、海外経 済の判断を「減速」に引き下げたのに加え、生産についても「当面横ばう」と して判断を下方修正。「海外経済や国際金融資本市場をめぐる不確実性、エネル ギー・原材料価格高の影響などに、引き続き注意する必要がある」と指摘した。

福井俊彦総裁は同日の会見で、サブプライム問題について「直接、株式市 場などでは非常に大きなマグニチュードで影響を受けているが、それ以外の分 野でも当初の予想を上回る影響が出てきていることも否めない」と指摘。「米国 経済が一段と減速して世界経済全体に影響を与えるリスクは、やはり米国にお いてダウンサイドリスクが実際に顕現化すればするほど、他国への影響の心配 も高まっていくと考えていた方がよい」と述べた。

HSBC証券の白石誠司チーフエコノミストは、「2月の金融経済月報や、 総裁定例会見の後ろ向きの内容は、近未来における日銀の景気現状と先行きの 判断の下方修正の予兆と思える内容だ」と指摘。これまで30%としてきた4- 6月の利下げの確率を40%に引き上げた。ドイツ証券の松岡幹裕チーフエコノ ミストは2月22日のリポートで「7-9月の利下げ」を予想している。

新体制でそれなりの変化も

日本銀行の岩田一政副総裁は2月7日午後、高知市内で会見し、日銀の正 副総裁人事が金融政策に与える影響について「メンバーが変われば金融政策の 決定内容にもそれなりの変化があると思う」とした上で、どのような変化があ るかは人事の「結果次第」と述べた。

白川氏は1949年生まれの58歳。72年に東大経済学部を卒業して日銀に入 行。信用機構局信用機構課長、企画局企画課長、ニューヨーク駐在参事、金融 市場局審議役、企画室審議役などを経て企画担当理事。06年7月に退任し、京 大公共政策大学院教授に就任した。著書には香西泰氏らとの共著で「バブルと 金融政策-日本の経験と教訓」などがある。

白川氏は「趣味は中央銀行」と言われ、金融政策だけでなく金融システム や決済システムなど中央銀行の業務全般に精通している。06年3月の量的緩和 政策の解除と、それに伴う新しい金融政策の枠組みの策定では、事務方トップ として陣頭指揮を執った。

野村証券の松沢中チーフストラテジストは白川氏について「量的緩和解除 時に導入した『2つの政策の柱』と『物価安定の理解』の理論的な設計者だっ たとみられる。日本のインフレ率が他国に比べ低いことを理論的に肯定してき た人でもある。執行部に加われば、利下げは難しくなるだろう」とみる。「金融 政策の面では、白川氏は福井氏よりもややタカ派的と思われる」(UBS証券の 大守隆チーフエコノミスト)との指摘もある。

一方、伊藤氏は1950年生まれ。北海道出身。79年にハーバード大学大学院 経済学博士、同年にミネソタ大学経済学部助教授。その後、一橋大経済研究所 教授、国際通貨基金(IMF)調査局上級審議役、99年に大蔵省副財務官、04 に東大大学院教授。06年から経済財政諮問会議の民間議員も務めている。イン フレ目標政策が持論だ。

伊藤氏はその名も「インフレターゲティング」(日本経済新聞社)という著 書で、「物価安定数値目標というものを立て、それを達成するために『あらゆる ことをやります』と宣言するということが、非常に大きな意味を持ってきます。 (中略)こういう数値目標を掲げることで、人々の期待が変わるかもしれないわ けです」と主張している。

スタートダッシュはあるか

武藤新総裁の金融政策を占う上で参考になるかもしれないのが、福井総裁 の就任直後のスタートダッシュ。03年3月20日の総裁就任直後の25日、イラ ク戦争の開始にかこつけて臨時の金融政策決定会合を開催。銀行保有株の買い 取り枠を2兆円から3兆円に拡大した。その後も、4月8日の金融政策決定会 合では資産担保証券の買い入れ検討を表明。4月30日と5月20日の会合で連 続して量的緩和政策の拡大に踏み切るなど、矢継ぎ早に政策を打ち出した。

当時は金融システム不安が広がっており、日経平均株価がバブル後最安値 (4月25日終値7607円88銭)を付けるなど、日本経済は危機的な状況にあっ た。今とは情勢が異なるが、日本経済は巨額の財政赤字と少子高齢化というハ ンディキャップを抱え、外的なショックにぜい弱な体質に変わりはない。

モルガン・スタンレー証券の佐藤氏は、5年前の福井総裁のスタートダッ シュについて「私見では、背後に成長重視の経済政策を掲げる小泉内閣と出身 派閥である清和会、とりわけ中川秀直元自民党幹事長(当時は国会対策委員長) の意向が働いたと邪推している」という。当時から首相は2人替わったが、い ずれも同じ派閥出身で、成長重視の方針に変わりはない。「鍵となる顔触れもお おむね不変だ。次期総裁も同様の政治的圧力にさらされる可能性は高い」とい う。

量的緩和の功罪を整理する動きも

BNPパリバ証券の河野龍太郎氏は、新総裁の下での政策運営は「基本的 には、これまでのグラジュアリズム(漸進主義的)戦略を続ける」としながら も、「円高進展などで株式市場がメルトダウン(溶解)する状況になれば、拡張 的な財政政策が難しいため、唯一可能なマクロ安定化策は日銀の利下げという ことになる」と指摘。その場合、武藤次期総裁は「追い込まれてからの利下げ ではなく、先手を打つ形で利下げを行う可能性がある」としている。

一方、大和証券SMBCの岩下真理シニアマーケットエコノミストは、武藤 次期総裁が「5年前の福井総裁のように、就任早々に臨時会合を開催し、量的 緩和の強化を決定することはない」とみる。「サブプライム問題の震源地は米国 であり、日本の金融システム不安は生じておらず、景況感は悪化していても、 3月末の資金繰りに緊急対応の必要性はないだろう」と言う。

クレディ・スイス証券の白川浩道チーフエコノミストは「新体制になって も、内外情勢を総合的に判断しながら裁量的な政策運営を行う基本路線が変わ ることはないだろう」とみる。ただ、「現体制における量的緩和政策が世界的な 住宅バブル発生の一端を担ったとの反省から、福井総裁の退任を契機に、同政 策の功罪をきちんと整理しようとする動きが出てくる可能性がある」としてい る。

    最新の情報は、ブルームバーグ端末にて提供中
    LEARN MORE