インドネシアのスハルト元大統領死去-「偉大な国の偉大なスルタン」

約32年間にわたり世界最大のイスラム教国 家であるインドネシアを統治してきたスハルト元大統領が27日、ジャカルタ市 内の病院で死亡した。86歳だった。

インドネシアの警察当局者によると、スハルト元大統領は現地時間同日午 後1時10分(日本時間午後3時10分)ごろ死去した。担当医師によれば、死 因は多臓器不全。元大統領は今月4日に収容された後、11日に最初の多臓器不 全に陥っていた。

スハルト元大統領は親族や側近、軍部が支配する経済運営を進め、アジア で最も長期にわたる政権を維持した。インドネシアは300の異なる人種、人口 2億3000万人を抱えている。

シンガポールのリー・クアンユー元首相は自身の回顧録のなかで、スハル ト元大統領について「偉大な国の偉大なスルタン(イスラム国家の王)」と述べ ていた。

スハルト元大統領は任期7期の間に6人の副大統領を指名し、後継者に権 力が渡らないようにした。元大統領の辞任後、後にインドネシアから分離・独 立する東ティモールで虐殺が発生し、アチェ州では独立運動が活発化した。

経済政策

スハルト元大統領は原油やガス、木材などの豊富な資源を活用し、国内経 済の成長を促した。世界銀行によれば、インドネシアは1980年代には年6.1% 成長を達成し、世界の高成長国上位10カ国の1国となった。

スハルト政権時代を通じ国民1人当たりの所得は4倍となり、絶対的貧困 に住む国民の割合は5人に3人以上から、1998年までには約10人に1人に低下 した。世銀統計では、平均寿命は1970年代初めの49歳から1999年には66歳 まで伸びた。

1965年に陸軍参謀長となったスハルト元大統領は同年、共産党によるクー デターを鎮圧すると、当時のスカルノ大統領から実権を奪った。1967年に大統 領代行に就任した後、1968年3月に正式に大統領に選出された。

米誌タイムが1999年に掲載した記事によれば、スハルト元大統領一族は、 現金のほか不動産や美術品、宝石類、ジェット機を含む総額150億ドル(約1 兆6000億円)の資産を保有。元大統領からの支援と事業独占により、スハルト 一族は複数の有料道路、電話会社、テレビ局、新聞、航空会社、ホテル、銀行 からなる企業体を築き上げた。

元大統領の3男、フトモ・マンダラ・プトラ(トミー・スハルト)氏は2002 年、巨額土地取引の汚職行為に関し、同氏に有罪判決を下した判事を殺害する よう命じたとして15年の禁固刑を受けた。

スハルト元大統領は1921年6月8日、ジャワ島中部の農村で生まれ、親族 により育てられた。20歳代に当時の宗主国だったオランダの軍隊に入隊。 第2 次世界大戦後は、インドネシア独立を目指しオランダ軍と戦った。

1965年9月30日夜、一部の兵士が軍幹部6人を殺害。公式的には共産党に よるクーデターとされるいわゆる9・30事件が、スハルト元大統領とインドネ シアの運命の転換点となった。この事件の後、最大50万人が殺害されたが、そ のほとんどが共産主義者と関係があったとされた。

アジア金融危機

1997年のアジア金融危機は、元大統領の無能力ぶりを露呈した。通貨ルピ アは最大80%下落し、国内経済は1960年以来初めてとなるリセッション(景気 後退)に見舞われた。国民の怒りはスハルト一族に向かった。

同年5月中旬、軍による発砲をきっかけに一部のデモ隊が暴徒化し、首都 ジャカルタは機能不全に陥った。約1000人が死亡し、スハルト元大統領は1998 年5月21日に辞任した。辞任演説は、インドネシア全土に生放送された。

----With reporting by Karima Anjani, Naila Firdausi and Arijit Ghosh in Jakarta and Mark Drajem in Washington. Editors: Bill Ahearn, Guy Collins

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