日銀総裁:金利は引き上げていく方向―上下のリスク見極め決定(6)

日銀の福井俊彦総裁は3日午前、名古屋市 内で講演し、「日本経済が物価安定の下での持続的成長軌道をたどるのであれば、 金利水準は引き上げていく方向にある」と述べた。一方で、原材料価格の上昇で 企業の所得循環に「問題が生じるリスクは認識しておかなければならない」と言 明。米国経済についても「最終的に大丈夫だという答えを持っている人は1人も いない」としており、利上げは一段と遠のいたとの見方も広がっている。

福井総裁は金利引き上げの具体的なタイミングについては「予断を持つこ となく、経済・物価の見通しのパスやその蓋然性(がいぜんせい)、上下両方向 のリスクなどを十分に点検しながら決定していく」と述べた。

財務省が同日朝発表した2007年7-9月の法人企業統計季報によると、経 常利益は前年同期比0.7%減と2002年4-6月以来のマイナスとなった。三井 住友アセットマネジメントの武藤弘明シニアエコノミストは「収益環境自体はこ こに来て悪化しており、日本経済にとっても下振れリスクを意識せざるをえない 局面になりつつある」と指摘。日銀の利上げのハードルは「一段と高まっている と言わざるを得ない」としている。

福井総裁は「物価の安定の下での持続的な成長が続く可能性が高いと考え ているが、そうした見通しの蓋然性(がいぜんせい)を確認していくことは当然 必要だ。同時に、見通しに影響を及ぼし得るリスク要因を点検することも重要で あり、その際には、目の前のダウンサイドリスクだけにとらわれることなく、上 下両方向のリスクに目を配っていかなければならない」と指摘。

その上で「金融政策は、経済・物価に影響を及ぼす事象を幅広い視野でバ ランス良く点検していくことが極めて重要であり、そうした点検の上に立って適 切な判断を行っていきたい」と語った。米サブプライム(信用力が低い個人向け 住宅)ローン問題の影響が拡大していることや、国際金融市場の動揺が続いてい るため、日銀の利上げは当面困難との見方が市場では根強い。

福井総裁は講演後の質疑応答で「日本の金利は、経済がだいたい2%絡み の安定した成長が続いていき、インフレ率がそんなに急速に上がらない。CPI (消費者物価)はじわじわと上昇率を広げていくだろうという見通しだが、この 見通しに狂いが生じないとすれば、やはり今の政策金利の水準は実勢と比べて低 すぎるのは明らかだ」と述べた。

適切なタイミングでは果断に

福井総裁は「だからと言って、金利を引き上げることを決して急いでいる というわけではない」として、「われわれとしてはできるだけゆっくり金利を引 き上げていく」と言明。そのうえで「ゆっくり過ぎて、一方で偏った期待の下で 資金が非効率な分野に投入され、後で皆が迷惑をこうむる種をつくるというので あれば、われわれとしても責任を果たしたことにはならない」と指摘。「適切な タイミングと思われれば、果断に金利は引き上げなければならない」と語った。

福井総裁は一方、米国経済について質疑応答で「住宅市場の調整の山場が 近づいているとは思うが、山場が見えたとか、越えたとはまだ言えない状況だ。 まだ時間がかなりかかることを覚悟しなければならない」と指摘。「1%台半ば くらいの減速は米国だけでなく、世界中の人は覚悟しており、それを前提として 世界経済の見通しを出している」としたうえで、「問題はそれ以上に減速するか どうかであり、ここのところが不確定だ」と語った。

福井総裁はさらに「今後、住宅在庫がいつから減り始めるか、住宅在庫が 減るという本格的な調整の過程で、住宅価格がどれくらい下がるか。住宅価格が 下がれば、やはり多かれ少なかれ、米国の個人消費に悪い影響が及ぶだろう。そ こまで多少見えてこないと、本当のダウンサイドリスクの顕現化というイメージ がわいてこない」と言明。「いずれも最終的に大丈夫だという答えを持っている 人は1人もいない」と語った。

事実上の景気判断下方修正か

福井総裁は講演で、日本経済の現状については「好調な企業部門に比べる と、家計部門の改善テンポが緩慢な状態が続いているが、全体としてみれば、緩 やかな拡大を続けている」と述べた。日銀は11月13日公表した金融経済月報 で、わが国の景気は「緩やかに拡大している」としていた。福井総裁が「全体と して」と加えたことで、日銀は事実上、景気判断を下方修正した可能性もある。

福井総裁は「賃金など家計部門への波及を考える上で、多くの雇用者を抱 える中小企業の業況は重要なポイントの一つだ」と指摘。「もともと、今回の景 気拡大局面はグローバル化の進展とともに進んできたため、世界経済との接点の 大きさによって、企業の業況にもばらつきがみられたが、このところ、各種の調 査で中小企業の業況が悪化している」と語った。

福井総裁はその上で「これには原材料の高騰による交易条件の悪化や、本 年前半、生産が横ばい圏内で推移したことなどが影響していると考えられる。生 産活動は夏場以降、再び増加に転じているが、今後の状況を注視していきたい」 と述べた。福井総裁は講演後の質疑応答でも、中小企業の業況感の悪化や企業倒 産の増加に言及。「(中小企業の)所得が圧迫され、所得循環のところに少し問 題が生じるリスクは認識しておかなければならない」と述べた。

世界経済への影響はなお不確実

福井総裁は家計部門についても「決して悪いとは言えないが、せいぜい底 堅いという言葉が当てはまるということは、今ひとつさえないということでもあ る」と指摘。「企業部門の所得から家計部門の1人当たり賃金という形での還元 の力が少し弱い。これが、個人消費がしっかりしてくるというよりは、一歩手前 の底堅いという姿にとどまり続けるという状況につながっている」と語った。

福井総裁は国際金融市場の動向については、講演で「サブプライム問題に 端を発した動揺が続いている。米欧の証券化商品市場は機能が大きく低下してお り、短期金融市場も正常化したとは言えない。株式市場や為替市場も世界的に振 れの大きな展開となっている」と指摘。「調整にはそれなりの時間を必要とす る」として、「そうした市場や金融機関の動向が世界の実体経済にどのような影 響を与えるかについては、なお不確実な部分がある」と語った。

福井総裁はその上で「このように、海外経済や国際金融資本市場などの変 調が生じた場合には、日本経済に対して、輸出入や企業収益、金融市況の変化な どを通じて影響が及ぶリスクがある点には、注意を払っていく必要がある」と述 べた。

質疑応答での主な一問一答は次の通り。

――中小企業は苦境にある。この点をどうみるか。

「私どもは、中小企業の問題は単にミクロの問題とは考えない立場を取っ ている。経済の好循環というのは、生産活動が進められ、所得が生まれ、その所 得が次に投資や消費という形で支出行動につながる。現在、日本経済をマクロ的 に見ると、生産・所得・支出の好循環のメカニズムが続いているとみている」

「ただ、仔細に見た場合、生産が行われ、所得のところで中小がコスト転 化をできないというのであれば、所得がスクイーズ(圧迫)され、所得循環のと ころに少し問題が生じる危険、リスクは認識しておかなければならない。そうい った場合、中小企業を中心に賃金についてもブレーキを踏む」

「日本経済全体として企業の収益、投資は順調だが、家計部門は決して悪 いとは言えないが、せいぜい底堅いという言葉が当てはまるということは、今ひ とつさえないということでもある。企業部門の所得から家計部門の1人当たり賃 金という形での還元の力が少し弱い。これが、個人消費がしっかりしてくるとい うよりは、一歩手前の底堅いという姿にとどまり続けるという状況につながって いる」

「特に中小企業において所得の面でスクイーズが生じ、賃金に回る部分が 少ないということになると、この循環メカニズムに幾ばくか安全とは言えない面 が残る。あるいは、場合によっては、それが大きくなるリスクがあるので、生 産・所得・支出の前向きの循環メカニズムが順調に働き続けているというマクロ 的な判断の中に、そういう問題意識をしっかり受け止めながら、今後とも経済の 動きをみていきたい」

――米国経済の調整はどれくらい続くのか。

「既に1年くらい米国の住宅市場の調整を経ている。しかし、今の段階で 米国の住宅の新規着工は一番高かったころと比べて半分くらいの水準だ。それで 米国の住宅在庫の水準が減り続けているかというと、まだ通常の2倍くらいと非 常に高い水準にある。住宅市場の調整の山場が近づいているとは思うが、山場が 見えたとか、越えたとはまだ言えない状況だ。まだ時間がかなりかかることを覚 悟しなければならない」

「先週も20カ国財務相・中央銀行総裁会議(G20)が南アフリカで行わ れたが、米国経済が今後、目立って減速するというところまでは皆、覚悟してい る。米国経済の実質成長率は7-9月が4.9%に上方修正され、調整していると は言え、3四半期でならしてみると3%くらい成長している。これからは本当に 減速するだろう。1%台半ばくらいの減速は米国だけでなく、世界中の人は覚悟 しており、それを前提として世界経済の見通しを出している」

「問題はそれ以上に減速するかどうかであり、ここのところが不確定だ。 米国の10-12月の成長率が多少低くなっても、それが直ちにダウンサイドリス クが強く顕現化したと言うには当たらない。ある程度の減速は皆、織り込み済み だ」

「それ以上に落ちるかどうかが不確定で、それはまさに今後、住宅在庫が いつから減り始めるか、住宅在庫が減るという本格的な調整の過程で、住宅価格 がどれくらい下がるか。住宅価格が下がれば、やはり多かれ少なかれ、米国の個 人消費に悪い影響が及ぶだろう。そこまで多少見えてこないと、本当のダウンサ イドリスクの顕現化というイメージがわいてこない。問題の焦点ははっきりして いる」

「(中略)米国や欧州の企業の対するアンケート調査では、欧米の金融機 関の貸し出し態度は既に若干厳しくなっているという答えが出ている。金融機関 の融資態度が慎重化すれば、米国の住宅在庫の処理が行われ、住宅価格が下がり、 米国経済がどれくらい下振れするかという問題のほかに、金融機関の与信態度が 慎重化することによって、もう1つブレーキがかかる。この両面から米国経済の 下振れリスクを正確に評価しなければならない」

「今のところ言われているのは、ダウンサイドリスクが、本当にわれわれ が既に織り込んでいる以上に行くかどうかまだ不確定だ。米国は結構、住宅部門 以外の分野の粘り強い経済になっている。雇用の増加も大きなダメージを受けず に続いていると言われている。これが今後も続くかどうか」

「さらに、米国経済が少し予想よりも悪い状態になったとしても、世界全 体としてみて、米国以外の世界経済でそのショックをどこまで吸収できるのか。 ディカップリング(分離)も以前と比べると、相当吸収力がついているとも言わ れている。いずれも最終的に大丈夫だという答えを持っている人は1人もいない。 ここのところをしっかり見極めていくということが大事になってくる」

――金利引き上げは必要か。

「日本の金利は、経済がだいたい2%絡みの安定した成長が続いていき、 インフレ率がそんなに急速に上がらない、CPIはじわじわと上昇率を広げてい くだろうという見通しだが、この見通しに狂いが生じないとすれば、やはり今の 政策金利の水準は実勢と比べて低すぎるのは明らかだ。だからと言って、金利を 引き上げることを決して急いでいるというわけではない」

「特に、さまざまな企業、産業の前向きの努力に非常に苦労が伴っている ことをよく承知しており、十分時間をお貸ししながら、われわれとしてはできる だけゆっくり金利を引き上げていく」

「しかし、ゆっくり過ぎて、また一方で偏った期待のもとで資金が非効率 な分野に投入されて、後で皆が迷惑をこうむる種を作るというのであれば、われ われとしても責任を果たしたことにはならない。そうしたことも十分視野に入れ ながら、適切なタイミングと思われれば、果断に金利は引き上げなければならな い」

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