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【米経済コラム】マードック氏が届けた新しいニュース-M・ルイス

インターネット閲覧ソフト会社ネットスケ ープの創業者で、ネットブームの火付け役となったジム・クラーク氏は、マン ハッタンの大手新聞社を訪ね、新聞業界が存亡の危機にさらされていることを 説いてまわった。10年ほど前のことだ。

クラーク氏は、新聞業界の生き残りには求人広告が欠かせないが、求人広 告がインターネットに流出する動きを止めることはできないと主張。その意味 ではニュースも同じだとの持論を展開した。ニュースが瞬時に無料で届く時代 に、同じニュースが印刷された新聞がトラックに積まれ、翌日に届けられるサ ービスにお金を払う読者はいるだろうか、と。

当時は誰も彼の話に真剣に耳を傾けなかった。新聞の売れ行きは好調だっ た。現状に問題がない場合、将来の話は机上の空論になってしまう。

しかし今日、クラーク氏の持論は一般常識になった。それは大手新聞社の 常識でもある。インターネットはケーブルテレビ(CATV)の力を借り、極 めて利益性の高い独占事業を、完全競争に向う事業へと大きく様変わりさせた。 利益を上げられるかという観点だけに絞れば、ニューヨーク・タイムズやウォ ールストリート・ジャーナル(WSJ)でさえ、自動車発明後の馬車メーカー という位置付けになるだろう。

それでも新聞業界の衰退は、ほかの業界の衰退に比べ断然興味深い。新聞 への投資は名声への投資でもあり、通常の投資と同列に並べることができない ためだ。将来のキャッシュフロー(現金収支)の現在価値といった尺度では測 れない目に見えない魅力があるわけだ。

驚くことに、富裕層にも時として人生の充実感が欲しくなる瞬間は訪れる ようだ。さらに驚くことは、新聞社のオーナーになることがこの充実感を達成 する方法の1つと信じられていることだ。

新聞社の適正金額と、球団や絵の適正金額には共通点がある。資産家が払 いたいだけ払う金額という点だ。利益が縮小している新聞社の場合「魅力はキ ャッシュフローよりも名声」という図式は一段と鮮明になる。

本質的な価値

こう考えると、ニューヨーク・タイムズとWSJの内部で今何が起こって いるのかが分かるように思える。

ニューヨーク・タイムズの名声の恩恵を最も受けているのはザルツバーガ ー家だ。タイムズとの関係が打ち切られれば、ザルツバーガー家は若干の現金 を持つ資産家に成り下がってしまう。このためザルツバーガー家は、タイムズ の経営権維持にこれまで以上に固執している。

同家は今が手を引く好機であるにもかかわらず、経営権を失わずに資金を 調達し、ニュース事業を撤退せずに利益を上げるため、さまざまな方法を模索 している。失敗した事業に金をつぎ込むようなもので、これでは投資家離れは 避けられないだろう。

名声か利益か

利益縮小と株価低迷に直面しているタイムズの投資家は、突然、保有する クラスB株では経営権を握れないことに気付かされている(もちろんそれを承 知した上でクラスB株に投資したのだろうが)。しかし問題なのはタイムズの 経営陣ではない。日を追うごとに利益が度外視され、社会的地位や政治的影響 力に目が向けられているタイムズの事業そのものだ。

一方、バンクロフト家にとってWSJの名声の価値は非常に小さい。同家 とWSJの関係は薄く、理論上はWSJの経営権を握っているが、翌日の朝刊 一面トップの記事を決める会議に同家が招かれることは決してないだろう。会 議がマードック氏の主催なら分からないが。

決して売却しない

しかしバンクロフト家はWSJを売却してしまうような卑劣なまねはしな いとの立場を長年にわたり貫いてきた。このためマードック氏が少なくとも時 価の2倍の買収額を支払う提案をした時、同家は「WSJの将来の商業価値に 以前ほど楽観的な見通しが立てられない」という認識を経営陣に発表させるこ とにした。バンクロフト家もずっと同じ認識を持っていたが、沈没する船から 海に飛び込む場合でも泳ぎの下手な人は誰かの命令を必要とするように、同家 も他人からの指摘を必要としていた。

不思議なことは、マードック氏ほど泳ぎのうまい人がこの船に飛び乗ろう としていることだ。WSJを所有する楽しみは確かにある。ニューヨーク・ヤ ンキースを所有するのと同じようにだ。しかしWSJにヤンキースほどの名声 はない。実際、WSJに大リーグ球団ほどの名声があれば、明るい未来に期待 を持てたかもしれない。資産家がWSJやタイムズを買い、輝かしい配当を受 け取る-。WSJの所有という名声そのものが、低い投資利回り(あるいは損 失)を永遠に正当化してくれる。

失う物

しかし有力新聞の名声にも落とし穴はある。読者を失うことになれば、利 益だけでなく、文化への影響力や威信も同時に失うことになるからだ。WSJ が往年の輝きを失ったことにマードック氏が気付くのは時間の問題だ。

バンクロフト家も今はまだ気付かないかもしれないが、自分たちの子供が ルパート・マードック氏のような卓越したメディア界の大物に引き取られてい れば、と後悔する日がいずれ来るかもしれない。 (マイケル・ルイス)

(マイケル・ルイス氏は、ブルームバーグ・ニュースのコラムニストです。 コラムの内容は、同氏自身の見解を反映したものです)

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