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「敵対的買収」失敗:王子紙と野村証の誤算-成功のミタルとの相違(2)

業界首位の王子製紙が北越製紙に敵対的TOB (株式公開買い付け)を仕掛けた日本初の老舗大企業による非友好的M&A(合併・ 買収)案件は、失敗に終わった。買い付けに応募する株主が少なく王子紙はTOB 期限前の29日に敗北を宣言、実質的に半年間にわたる買収協議に自ら幕を引いた。

王子紙は財務アドバイザー(FA)に業界最大手の野村証券、法律顧問に4大 法律事務所の長島・大野・常松法律事務所を起用して北越紙買収を進めた。最高の 布陣で脇を固めながらも買収が実現しなかったのは、日本製紙グループ本社の北越 株取得と三菱商事の姿勢についての読み違いがあったのが要因。

日本紙の「含み損覚悟で10%近い株を取得した非合理な行動」(M&Aに詳し い一橋大学大学院の服部暢達助教授)は、王子紙と野村証にとって誤算だった。日 本紙の株式取得が表面化したのは8月3日。王子紙の篠田和久社長は同11日の会見 で「日本紙の登場は意外な形」として、TOB成功確率の低下を認めた。

日本紙の狙いは王子紙TOB阻止で、買収行為は「北越紙の経営、従業員の生 活や地域社会、製紙業界の秩序を乱す恐れ」があるとした。本来ならば日本紙は対 抗TOBで北越紙との統合を目指すのが筋。この場合はTOB価格の競争になり王 子紙の対策も可能だったが、日本紙は単に他社の妨害に動いた。

北越紙も「自主独立の北越魂」を訴えて株主にTOBに応じないように促した。 これに呼応して北越紙株主の第四銀行や北越銀行などが株式の継続保有を表明した。 この北越紙の株主工作も、王子紙と野村証の予想以上に進んだ。

王子紙社長「三菱商事を説得できると思っていた」

日本紙の介入が表面化した4日後の8月7日、北越紙は三菱商事への増資が完 了したと発表した。北越紙の増資発表は7月21日で、完了までの期間に王子紙は増 資差し止め仮処分を裁判所に提訴する機会はあった。この提訴を見送ったことが結 果的に2つ目の誤算になった。

王子紙の篠田和久社長は8月29日の記者会見で、提訴を見送った理由として「8 月11日までは三菱商事を説得できると思っていた」と述べ、三菱商事保有の北越紙 株買い取りができると予想していたことを明らかにした。その後は結局、三菱商と の会談さえも実現しなかった。篠田社長は会見で「反省すべき点は増資差し止めを 提訴しなかったこと」とも述べたが、すでに後の祭りだった。

王子紙は3月に北越紙に経営統合を打診した。それから半年間にわたり最後ま で製紙業界についての認識で北越紙や日本紙との「ズレ」は埋まらなかった。これ が買収案件を不成立にした背景として底流に流れていた。

「中国を中心に東アジア市場は急成長を遂げ、欧米大手や新興企業が現地に大 型設備を設置して効率生産をしている。こうした企業は日本も魅力ある市場と捉え ており、国内メーカーも含めて日本と東アジア市場は急速に一体化している」。

国内市場の需要が頭打ちになるなか、こうした認識と危機感を背景に王子紙は 将来的に「外国企業との競争を行うことになる」と業界の課題を指摘した。この対 策に必要なのが効率化や規模・資金力の拡大で、具体的には北越紙との統合だった。

北越紙と日本紙、国内市場に立脚

これに対して北越紙は、あくまで国内市場に立脚した現状の勢力維持・拡大に 終始してアジアや世界市場の見据えた視点に欠けていた。日本紙も「製紙業界の秩 序維持」を明言、王子紙の認識との差は埋めようがなかった。大王製紙も国内市場 の寡占が進むと公正取引委員会に上申書を提出、反王子紙を鮮明にした。

製紙売上高で世界首位は米インターナショナル・ペーパー(IP)。続いてフ ィンランドのストラ・エンソ、スウェーデンのスベンスカ・セルローサ、米ジョー ジア・パシフィック。王子紙は7位で売上高はIPの4割程度。北越紙は30位以下。

会社法で施行が1年先送りになった「合併等対価の柔軟化」は、2007年5月に 解禁になる。時価総額の巨大な外国企業が日本企業を買収・合併する際に、日本拠 点を通じて自社株を対価として日本企業の株主に渡す(三角合併)ことも理論上は 可能になる。これを踏まえると王子紙の買収提案の正当性が増す。

ミタル-アルセロール、フタタ-コナカとAOKI

時を同じくして鉄鋼世界最大手の蘭ミタル・スチールは7月26日、ルクセンブ ルクの同業アルセロールの株式92%を取得したと発表した。ミタルはアルセロール に敵対的買収を仕掛け、アルセロールの買収防衛策にも買収条件改定で対応して今 年有数のM&Aを成立させた。

英フレッシュフィールズ・ブルックハウス・デリンガー法律事務所の中田順夫 弁護士は、ミタル案件成功の要因として「アルセロールが自社株主の利益に配慮し た」と指摘した。アルセロールは防衛策としていったんロシアのセベルスタリとの 合併を提案、こうした交渉の過程で株主の意向を把握してそれに従ったとの見方だ。

日本紙のように案件成立自体を妨害するような行為がなかったことも、ミタル によるアルセロール買収が成立した一因に挙げられる。

日本でも紳士服業界2位のAOKIホールディングスが、同業フタタに経営統 合を提案した。TOB実施はフタタ経営陣賛同が前提で、敵対的買収には当たらな いが、賛同前の統合提案になる。フタタには業界4位のコナカが株式交換での統合 という対抗策を提案、フタタは株主でもある経営陣の判断でコナカ案を受け入れた。

フタタ、アルセロールの株主にはともに選択肢があった。これに対して北越紙 の株主に選択の余地はなかった。「北越紙は王子紙にTOB価格の引き上げや、日 本紙に対抗TOBを要請するべきだった」(服部助教授)とも言える。

結果的に北越紙は王子紙の敵対的買収を退け、自主独立を維持した。これを手 助けした日本紙は北越紙2位株主となった。この選択が株主、従業員や地域・社会 といったステークホルダー(利害関係者)に利益をもたらすことを、北越紙と日本 紙は早急に証明する必要がある。

一方、北越紙との統合を逃した王子紙は、国内に500億-600億円を投じて最新 鋭の製紙設備を導入、中国の新工場を軌道に乗せて東アジアの存在感を高めていく。

「極めて清々しい発想」

この案件で北越紙にはFAとしてクレディ・スイス、法律顧問に牛島総合法律 事務所が付いた。日本紙のFAはモルガン・スタンレー、法律顧問は柳田野村法律 事務所。王子紙FAの野村証券は法律顧問を西村ときわ法律事務所に依頼した。

日本企業関連のM&Aは年々増加している。企業に助言するFAや法律顧問の 役割がいっそう強まることは間違いない。

中央大学法科大学院の大杉謙一教授は、王子紙とFAの野村証の買収手法につ いて、構想・計画やTOB価格のみで勝てるという「極めて清々しい発想だった」 と評価した。同時にこの案件成立を阻止した日本紙の行為については「よもやある まいというシナリオだった」と語った。そのうえで「今後のM&Aではこうした『よ もやというシナリオ』も想定せざるを得なくなった」と指摘した。

王子紙の篠田社長は野村証について「日本的な手法に欧米型のTOBを加える という難しい手法をお願いして、大変難しいやり方のなかで一生懸命やってもらっ たと感謝している」と評価した。同時にTOB失敗の背景としてこうした「方法論 が問題であった」とも述べた。

米国でのM&Aでは、事前に市場である程度の株式を取得(ストック・ビルデ ィング)、そこからTOBで株式を追加取得する手法が用いられるケースがある。 この場合TOB成立の可能性は高まるが、より敵対的な色彩が強くなり買収成立後 の経営統合に支障が出る可能性はある。

同時に王子紙が今回採用した「日本的な手法に欧米型を加える」方法は、敵対 的な色合いは薄まるが、買収阻止に向けた動きに付け入れられやすいことも否定で きない。

王子紙株の午前終値は前日比26円(3.8%)安の662円。北越紙株は同48円 (6.3%)安の710円と大幅に下落した。王子紙がTOB価格を引き上げるといった 期待がなくなった北越紙株は一時78円(10.3%)安の680円まで急落、王子紙の統 合提案が表面化した7月23日以降の最安値を付けた。

  【王子紙による北越紙への敵対的TOBの主な経緯】(各社資料などから作成)
2006年
3月      王子紙:北越紙に経営統合協議を打診、幹部間で意見交換
7月3日  王子紙の鈴木会長、篠田社長:北越紙にTOBを含む経営統合案を提出
7月19日  北越紙:買収防衛策の導入発表
7月21日  北越紙:三菱商事との資本・業務提携を発表(304億円増資など)
7月23日  王子製紙:北越製紙に経営統合を正式に提案
7月28日  日本紙:北越紙の株式取得を開始
8月1日  王子紙:北越紙へのTOB実施を発表、1株800円で9月4日まで
8月2日  北越紙:王子紙によるTOBに反対の意を表明
8月3日  日本紙:北越紙株取得、増資後議決権で10%未満までの買い増しを発表
8月7日  北越紙:三菱商事からの増資払込完了を発表
8月8日  日本紙:北越紙株の取得完了を発表、議決権で8.85%を保有
8月8日  北越紙独立委員会:北越紙に買収防衛策発動を勧告
8月9日  北越紙:王子紙によるTOBに再度反対の意を表明
8月10日  北越紙の三輪社長:新潟で第四銀と会談、「株主4割以上TOB応じず」
8月11日  王子紙の篠田社長:統合意思に「揺るぎはない」-TOB成功確率は低下
8月17日  王子紙の篠田社長:新潟で第四銀と会談
8月29日  王子紙の篠田社長:「株過半数取得は困難。敗北宣言でも構わない」
9月4日  王子紙の北越紙TOB期限
9月5日  王子紙:北越紙TOBの結果発表(予定)

--共同取材 東京 桑子かつ代、松田潔社 Editor : Ushiroyama

松井 玲 Akira Matsui (813)3201-7540 akmatsui@bloomberg.net 記事についてのエディターへの問い合わせ先: 東京 大久保 義人 Yoshito Okubo (813)3201-3651 yokubo1@bloomberg.net Peter Langan (813)3201-7241 plangan@bloomberg.net

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