【マネーアングル】ミタルに戦々恐々-鉄鋼CDSスプレッドが急拡大

信用リスクを取引するCDS(クレジッ ト・デフォルト・スワップ)市場で、新日本製鉄、JFEホールディングスな どのスプレッドが急拡大している。ミタル・スチール(オランダ)主導の世界 的な鉄鋼業界の再編を背景に、買収リスクに対する懸念が台頭しているためだ。 国内の鉄鋼会社をめぐる買収リスクと信用力の関係などを考えた。

ミタルが買収に次ぐ買収で業界最大手となったことは、鉄鋼業界が典型的 な装置産業で、M&A(企業の合併・買収)による規模の経済が働く業界であ ることが背景にある。こうしたなかで、新日鉄、住友金属工業などは相次いで 買収防衛策を採用するなど、突然起きる敵対的買収など「イベント・リスク」の 払拭に躍起になっている。

投資家、日本メーカーの被買収を意識

CDSスプレッドの拡大は、世界の鉄鋼最大手のミタルによる2位のアル セロール(ルクセンブルク)の買収が確実となったことで顕在化した。CDS のスプレッドは市場全体の拡大に合わせる形で上昇、新日鉄、JFE、住友金 属工業、神戸製鋼所の4社とも、20bpから30bp(1bp=0.01%)を超える気 配となっている。

ドイツ証券の村田昭仁アナリストはスプレッドの拡大について、「国内鉄 鋼会社の被買収リスクを意識したものと考えられ、水準はすでに同等格付けの 銘柄と同じかそれらを上回りつつある」と語った。日興シティグループ証券の 阿竹敬之クレジットアナリストも「鉄鋼銘柄では買収リスクからCDSを中心 に拡大していたが、ミタルの買収でスプレッドはさらに拡大した」という。

中国などアジアからの需要の増加もあって好調な業績を挙げ、格付けの向 上など信用力も改善している国内の鉄鋼会社が格好の買収の標的になる可能性 も否定できない。特に、国内の鉄鋼会社は、自動車向けの高級鋼板の製造技術 では定評があり、その技術を買収によってまるごと取り入れることができれば、 規模の経済とともに買収側には大きな魅力となる。

買収や合併では、格下げ圧力

国内鉄鋼会社の格付けをムーディーズとスタンダード・アンド・プアーズ (S&P)でみると、新日鉄がA1とBBB-、JFEがBaa1とBBB-、 住金がBaa3とBB、神戸製鋼所がBaa3とBB。これに対してミタルは、 Baa3とBBB+(いずれも格下げ方向で見直し中)、アルセロールはBB B(S&Pのみで格下げ方向で見直し中)となっている。

ドイツ証券の村田氏は、「仮に日本勢がミタルとアルセロールの統合新会 社によって、株式公開買い付け(TOB)の方法で買収をかけられれば、買収 会社の負債調達によって、日本勢の格付けに下方圧力がかかる」という。特に、 新日鉄とJFEの2社は、統合新会社の低い信用力にひきずられることになる だろうとみている。

また、粗鋼生産量世界10位までで、新日鉄、JFEの格付けを、ムーデ ィーズ、S&Pの2社のいずれかで上回るのは、韓国のPOSCO(ムーディ ーズでA2、S&PでA-)、米国のニューコア(A1、A+)の2社に限ら れる。これを考えれば、新日鉄とJFEホールディングスは、海外の鉄鋼会社 による買収や合併では、格下げの圧力がかかることになる。

国内鉄鋼会社は、相次いで買収防衛策

こうしたなか、各社は買収防衛策の採用に積極的だ。新日鉄、住金、神戸 製鋼の3社は、それぞれ、新株予約権を発行して買収者の持ち株比率を引き下 げる事前警告型の防衛策の採用を決定。また、新日鉄、住金、神戸製鋼の3社 はすでに追加の株式持ち合いで合意した。JFEは具体策こそないものの、中 期経営計画で収益力向上と株主への利益配分で企業価値の向上を目指す。

さらに、新日鉄、住金、神戸製鋼は06年3月末、いずれかが買収提案を 受けた際、他の2社への通知と要請に基づき買収提案が提携関係に与える影響 や対応策を共同で検討することを決めた。なかでも新日鉄の警戒感は強く、こ れまで、山陽特殊製鋼、中山製鋼所、東洋鋼鈑とも株式の持ち合いの相互連携 などで合意したほか、三菱UFJ銀行も新日鉄の株式を買い増した。

新日鉄は7月4日には2億5000万株、1000億円を上限に自社株買いを取 得することを決定。同社では「機動的な資本政策を遂行するため」とのコメント を発表した。市場では新日鉄は買収リスクを意識し、安定株主工作に動くとと もに、大規模な自社株買いについても、一株あたりの利益を高めて株主に還元 する形での買収防衛策の一環とする見方が多い。

資本拘束条項や負債の活用も

新日鉄はアルセロールと技術供与などで提携しており、そのなかの「チェ ンジ・オブ・コントロール(資本拘束条項)」と呼ばれる買収防衛策に着目す る向きも多い。アルセロールに敵対的買収など経営権の委譲などの懸念が生じ た場合、新日鉄が技術供与の契約を無効として「拒否権」を発動できる内容。実 際の適用は難しいとの指摘もあるが、こうした条項を活用すれば海外からの敵 対的買収に対する防衛策となり得る。

負債が少なく流動資産の多い企業が敵対的買収の標的になりやすかった米 国では負債の多さを逆手にとった手法も目立った。米国資本市場に詳しい三菱 UFJ証券・法人営業支援部の大寄浩志部長代理は「80年代の米国では、買収 防衛策として負債で資金を調達し、それを原資に多額の自社株買い戻しを行な う企業も多かった」という。まるで自社を対象にLBO(買収先企業の資産を 担保とした借り入れによる企業買収)のようだと指摘する。

大寄氏によれば、「極端な事例では自己資本の残高がマイナス、すなわち 債務超過になるまで負債調達、自社株買いを行った企業もみられたが、収益力 が十分にあれば会計上は債務超過になっていても利益とキャッシュフローを生 み出すことは可能だ」という。実際、米国の防衛産業の一角、FMCが1987年 から1989年に買収防衛策としてこのような極端な手法を実行している。

借金漬けで防衛「マカロニ・ディフェンス」

ドイツ証券の村田アナリストは「優良な事業への投資などで負債を活用す れば、有利子負債と株式時価総額の合計で表せる買収価値は上がり、買収コス トの増加にもつながる。借り入れや社債発行によりある程度まで負債を増やす ことは買収リスクを考慮した資本政策とも考えられる」という。企業を借金漬 けにして買収額を引き上げて阻止する手法はマカロニ・ディフェンスと呼ばれ る買収防衛策として欧米で使用されている。

ムーディーズは06年4月18日、新日鉄の格付けをA3からA1と2段階 引き上げた。同社が資本・業務提携などで生産設備の効率的な活用を促進して いるほか、財務体質が大幅に改善したことを評価したものだ。だが、米国の例 などを考えると、株式価値を高める以外にもある程度の財務レバレッジかけて 買収価値を高めることも1つの手法と位置づけられる。

この数年、世界的な規模でM&Aの動きが広がっている。なかでも鉄鋼業 界では、自動車業界とともに、単独の事例が業界全体におよぼす影響は大きく、 社債やCDS市場で買収リスクの影響が顕在化した。当面、鉄鋼各社は、好調 な業績を背景に、世界的な再編の帰趨(きすう)に自らの立ち位置を考え、買 収・被買収の選択肢も熟慮しながら資本政策をとることが要求される。

◎世界の主要鉄鋼メーカーの格付け
1.ミタル・スチール(オランダ)・・・Baa3/BBB+/BBB
2.アルセロール(ルクセンブルク)・・・――/BBB/――
3.新日本製鉄(日本)・・・A1/BBB-/A+/AA
4.POSCO(韓国)・・・A2/A-/A-
5.JFEスホールディングス(日本)・・・Baa1/BBB-/A+/AA
6.上海宝鋼集団(中国)・・・――/BBB+/――
7.USスチール(米国)・・・Ba1/BB/BB
8.ニューコア(米国)・・・A1/A+/――
9.コーラス(英国)・・・Ba2/BB/B+
10.リーバ(イタリア)・・・――/――/――
11.ティッセン・クルップ(ドイツ)・・・Baa2/BBB-/BBB+
13.セベルスターリ(ロシア)・・B1/B+/BB-
16.住友金属工業(日本)・・・Baa3/BB/A-/A
32.神戸製綱(日本)・・・Baa3/BB/A-/A
(順位は、粗鋼生産量。格付けは、日本のメーカーがムーディーズ、S&P、
R&I、JCRの順、海外メーカーが、ムーディーズ、S&P、フィッチ・レ
ーティングスの順)
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