市場の【視点】持ち合い解消再来も、近づく買取機構の足音-株高表裏

新年度入り後の日本株を取り巻く需給環 境は、外国人投資家による買い姿勢が継続するとの見方や、将来的な金利上昇 を見越して国内機関投資家が債券から株式への資金シフトを進めると予想され るなど、市場では明るい話題に事欠かない。“貯蓄から投資へ”の姿勢を強め つつある個人の動きも、こうした楽観ムードに拍車を掛けている。

しかし本当に、今後の日本株需給に死角はないのか。持ち合い(金融機関 と事業会社間の株式の相互保有)解消、企業年金による国への運用代行返上が 一巡し、ここ1、2年は明確な売り主体が姿を消していたものの、2006年度後 半には相場の上値を抑えかねない大きな売り主体が登場する可能性が浮上。銀 行等保有株式取得機構、いわゆる買取機構の存在だ。

同機構は、金融機関による持ち合い解消売りが株式相場の水準を押し下げ、 不良債権処理の遅延や金融システムを不安定化させることを防ぐため、2002年 1月に設立。翌2月から銀行の保有株式を公的資金で買い取り、需給バランス を調整する緊急避難的機関として存在感を発揮した。

ただ、ピーク時の03年11月から04年4月にかけて6688億円に及んだ買 い取り額は、現在実施中の第9回(05年11月から06年4月)では2月末時点 で77億円まで縮小。日本株市場における持ち合い解消リスクが明確に後退し た状況を示しつつ、買い取り最終期限の9月末でその役割を終える。

今後は、17年3月末にかけて徐々に保有株式を処分する意向。同機構では、 方針について「買い取り業務が終了し、相当の期間が経過した時点から、十分 な時間を費やして処分する。基本的に株式市場の活況傾向が安定的に認められ る時期に促進し、低迷傾向が認められる時期に抑制する」としている。これは、 日本株市場における高水準の売買代金が継続し、日本株の上昇傾向が強まった 場合には持ち高整理を急ぐ可能性を内包しているとも言えそうだ。

大和総研投資戦略部の壁谷洋和マーケットアナリストは「粛々と売ると見 るのが妥当だが、短期決着を図る可能性もある」といい、凍結されていた持ち 合い解消売りが再び市場で溶け出すリスクを警戒する。買取機構の動きが最も 活発だった03年11月から翌年4月の日経平均株価の単純平均は1万935円。 現在は、当時から50%超上方の水準にある。

負の遺産を吸収した外国人

東京証券取引所の公表データによると、2004年、05年の直近2年間は全 投資家の合計でそれぞれ4000億円近い買い越しとなった。特に05年は、日経 平均の年間上昇率が1986年以来の40%台に達し、水準は2000年秋以来となる 1万6000円を回復。過去10数年に及んだバブル崩壊からの戻りを待った個人、 国内年金資金などからの売り圧力は強まったが、05年年間で過去最高の10兆 円以上を買い越した外国人が需給の負の部分を吸収した。

外国人は今年に入って以降も、2月までに1兆円以上を買い越している。 また、個人や地方・中小金融機関などからの資金流入を反映しているとみられ る投資信託の月間買い越し額が、2000年以来となる4カ月連続で1000億円を 超えており、新たな安定的な買い主体の登場も需給見通しに対する楽観論を後 押しする。

大和総研の壁谷氏は、外国人の動向について「昨年は日本経済のデフレ脱 却を評価し、グローバルアセットアロケーションの中で日本がこれまで買われ ていなかった分の修正が起きた。今年も、GDP(国内総生産)は日本が2% 成長、米国が3%成長と堅調で、仮に日本が伸び悩んでも、米国が伸びれば日 本も輸出を中心に好影響を受ける。共倒れしなければ日本株への売り越し予想 は立てにくい」と話す。

リスク許容度の拡大傾向、日本の業績期待続く

海外勢の株式投資に対する不安感も後退している。米資産運用サービス会 社のステート・ストリートが公表した3月の投資家信頼感指数(グローバル) は82.6と、2月の改定値72.1から急上昇し、3カ月続いた下落傾向から反転。 ステート・ストリート調査部門のディレクター、ポール・オコネル氏は「過去 6カ月にわたり、投資家は流動性の枯渇が長期化することを懸念し、ポートフ ォリオを守る姿勢を貫いてきた。しかしこの懸念は解消され、投資家はFED (米連邦準備制度理事会)がさらなる利上げを実施する必要はないと楽観して いる。堅実な経済成長が持続するとの予想とあわせ、投資家はリスク資産への 分散を進めている」とみる。

地域別では、米大手証券メリルリンチが毎月まとめる世界のファンドマネ ジャー調査によると、日本は2月に「今後1年間に最もオーバーウエートとし たい市場」の首位の座を約1年ぶりにユーロ圏に譲った。しかし3月は再び首 位に返り咲いており、「昨年9月から『最も割高な株式市場としての日本株』 が色濃くなってきたことが世界の投資家の日本株への投資スタンスの悪化につ ながっていた。今回の調査では最近の株価下落を反映してか、この傾向にいっ たん歯止めがかかった」(メリルリンチ日本証券・菊地正俊チーフ株式ストラ テジスト)という。

メリルリンチの調査では、「企業業績見通しが最も明るい市場」は日本と いう状況が昨年2月以降続いている。大和総研による全産業主要300社(金融 除く)の経常利益予想は、06年度が前年度比8.4%増、07年度が10.3%で、 02年から6期連続の経常増益となる見込み。

日本の金利先高観測を背景に、低金利通貨の円をベースにしたグローバル キャリートレードは収縮する公算があるものの、企業収益の増加基調が続く限 り、外国人による日本株への投資意欲は維持されることになりそうだ。

投信買い期待、背景に変額年金保険の急拡大

基本的に外国人の買い越し姿勢は続くとの見方が多い一方で、過去最高だ った昨年を上回る買いを予想する向きは少ない。その穴を埋める買い主体とし て、新年度入りに向けて期待感が強まっているのは個人だ。

日本株市場における個人の売買シェアは、5年前の20%弱から現在では 40%弱にまで高まり、およそ5割を占める外国人に次ぐ影響力を持つ。

ただ、個人の株式売買の約9割はインターネット取引とされ、「短期売買 を繰り返し、保有残高の積み上げにつながっているケースはまだ少ない」(大 和総研の壁谷氏)。実際、20年ぶりの上昇率を記録した05年も個人は4兆円 弱を売り越し、利益確定や戻り待ち売りの姿勢が強いことをうかがわせた。

こうしたなか、個人でも長期的資金の受け皿として存在感を増してきたの が投資信託だ。投資信託協会が公表する2月の概況によれば、公募型株式投信 の純資産総額は42兆7953億円と、1990年2月以来の高水準。区分上、海外債 券に投資するファンドが範ちゅうに入るほか、新興市場に投資する海外株式フ ァンドが含まれることに留意は必要だが、国内株式型の資金純流入額は1月が 2796億円、2月が2757億円となっており、純粋な日本株ファンドへの評価、 注目度は着実に増してきた。

投信人気は、銀行や郵便局での窓口販売など環境整備が進んだことに加え、 機関投資家資金を取り込んだ私募投信の拡大、変額年金保険の急増なども支援 している。特に変額年金保険は、02年10月から銀行での販売が解禁されたこ とをきっかけに、資産残高は03年3月末の1兆1274億円から04年3月末は 3兆1032億円、05年3月末は5兆7483億円にまで膨らみ、05年9月末時点 では8兆1222億円に達した。「06年には10兆円規模に成長する可能性があり、 運用では投信経由で資産の30%程度が株式に配分されるため、投信買いは増え るとの見方を強めても良い」(壁谷氏)との声が聞かれている。

買取機構の次に日銀の影

大和総研では、06年度の主な買い主体の買い越し額を外国人が5兆円、投 資信託が3兆円と予想。外国人は前年度比でほぼ半減する一方、投信は3倍の 水準を見込む。潤沢なキャッシュフローを背景にした株主還元姿勢の高まりを 受け、自社株買いは2兆5000億円と例年水準並みを想定。

ただ、運用資産の見直しで08年度までは安定的な買いが期待されていた 公的年金については、積立金150兆円と試算した場合の08年度の国内株式の 基本ポートフォリオ11%、16.5兆円に対し、現在は18兆円を上回っていると みられており、買い余力はゼロと予想する。

10兆円強の買い越し額に対し、前年度並みに売り越しが予想される主体は 銀行、生保でそれぞれ5000億円、事業会社の持ち合い解消売りが1兆円、上 場会社の増資・売り出しで3兆円弱など。企業年金は多少の株式組み入れ比率 の上昇も想定されるが、基本組み入れ比率を逸脱した部分に関しては今年同様 確実に売りを出すとみられ、年度を通じては2兆円程度の売り越しになると見 込まれている。

双方を差し引けば3兆円あまりの買い越しになるが、ここで警戒要因にな り得るのが買取機構と、2000年に一時国有化された日本長期信用銀行(現新生 銀行)、日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)の保有株式を取得した預金保険 機構の存在だ。1兆6000億円弱の株式を保有する買取機構が10月以降に売り 主体に回る可能性があるほか、預保に関しても旧長銀分の2兆2600億円が今 年2月末、旧日債銀分の6700億円が同8月末に最終的な保有期間を終えるた め、それ以降はおおむね10年とされる処分期間に入る。

さらに買取機構と同じく、02年に株式需給と金融システム安定化対策の一 環として、同年11月から04年9月までおよそ2兆円の株式買い取りを行った 日本銀行も、07年10月からは処分可能となる。

行革推進法で売り意識、遅行性のわな

政府は今年3月、行政改革推進法案を閣議決定し、国会審議が始まった。 この中では政策金融機関や独立行政法人の見直し、公務員人件費の削減などと ともに、国の資産圧縮を重点改革項目として掲げており、株式市場では売り主 体としての“公的機関”が意識されやすい状況にある。

現在の動きを踏まえた数字上の積み上げから、06年度の日本株需給につい て明るい見通しは多いものの、株式相場の上昇を見て個人や投資信託の買い姿 勢が強まる傾向が見られるように、逆張りを除いて一般的な投資家の行動は 「少し遅れ気味」(壁谷氏)だ。

売り主体についても、株式相場の上昇傾向、売買の盛り上がりを見て売却 姿勢を強めるほか、より多い資金調達を行うために公募増資や売り出しを活発 化させるケースが散見され、株式相場の現況と比べると遅行性があると言わざ るを得ない。

今年に入ってからの日本株相場は、2月6日に日経平均が昨年来高値の1 万6777円を付けた後、2月後半から3月上旬にかけて1万5500円付近まで調 整色を強めた。PER(株価収益率)の上昇を補完し得る企業業績について、 投資家の視点が「今期の良さを確認することなのか、来期を見通すことなのか 分からないエアポケット」(コスモ証券・佐藤博執行役員)に入り、買い手減 少・売り手増加の需給バランスの崩れを招いた。

現在までのところ、日本株需給は外国人買いの継続、投信の着実な買いな どでバランスを保っているが、今秋以降は自民党総裁選や米国の中間選挙など 日米の政治イベントが重なり、“いざなぎ超え”が濃厚と言われる景気拡大が 続いた場合、国内では消費税引き上げやゼロ金利解除の論議が活発化すると予 想される。潜在的な売り主体が遅行性のわなに陥り、持ち合い株式の再流動化 と相場環境を取り巻く波乱要素が重なった時、需給への楽観論が悲観論に変わ るリスクは警戒しておく必要がありそうだ。